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マナイタ様・熊野に秘められた古代信仰

現在の私たちにとって神社とは、鳥居・手水鉢・狛犬、そしてさらに拝殿・本殿・社務所がきちんとそろったイメージです。
しかしそれらは、決して古代から続く「オヤシロ」の姿ではありません。
本殿という最も重要な建物も、仏教建築の影響と社殿造営令によって建てられたにすぎないと言われます。
では、本当に伝統的なお社の姿とはどんなものなのか?

そのひとつが、本日紹介する『マナイタ様』なのです。
我が国の古い伝統信仰の姿を今に残す、神秘と畏怖に満ちたお社をご覧ください。

  ☆

マナイタ様は、熊野市有馬町池川の山中に祀られています。
道順が分からない私たちは、JR熊野市駅前の熊野市観光公社様でお聞きし、イオンショッピングセンター付近から西へと山に向かいました。かなり狭い林道を経て15分ほど走ると池川の集落です。

小さな案内表示に沿って、これで限界という場所に車を置き、林道を歩きます。


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そのうち下りの石段になり、ぐんぐん高度を下げて谷の水音が響いてきたころ、こんな岩場に到着。


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古い素朴な鳥居の奥が、最も神聖な祭祀場なのでしょう。


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白い玉石の奥は、小さな岩窟。


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かつて司馬遼太郎はこう書きました。

たとえばこの島々にいた古代人たちは、地面に顔を出した岩の露頭ひとつにも底つ磐根の大きさをおもい、奇異を感じた。畏れを覚えればすぐ、そのまわりを清め、みだりに足を踏み入れてけがさぬようにした。それが神道だった。むろん社殿は必要としない。
 【 司馬遼太郎『このくにのかたち』】



マナイタ様も、古代からの信仰がそのまま続く場所なのでしょう。

熊野市観光公社のホームページには、こう書かれていました。

「天の真名井戸」マナイタサマとよばれ婦人病に霊験ありとされています。古くここに水神が祭られていた為にこの信仰が生まれたといわれています。産田川の支流にたたずむ磐座がご神体です。太古の祭祀の場としての雰囲気を漂わせています。
水神は五穀豊穣をもたらす神で、また多産を約束する神でもあります。
花の窟、産田神社とほぼ直線状の等距離に位置し、ともに強烈なパワースポットとして太古の人から崇められたのでしょう。


直線状というのも謎めいています。そこには、古代人のメッセージが秘められているのでしょうか?

  ☆

さて、まないたさまのすぐ横には谷川があり、小さな滝がかかっています。


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滝と巨石と岩窟、古い祭祀場の条件がそろっています。

午後遅くに到着したので、平野部はまだまだ明るいのですが、こんな谷筋では、夕闇がそろそろ迫っていました。
なんとも不思議な畏怖感が漂い始めます。
私たちはお参りを済ませて、元の山道を引き返しました。


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熊野には、日本の原始信仰がそのままひっそりと残っている場所がたくさんあります。
このマナイタ様も、まちがいなくその一つだと思いました。


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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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