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天狗岩窟・圧倒的な神秘感に日本の聖地を見る

前回に続き、三重県尾鷲市、天狗倉山の険しい山中にある岩屋堂(天狗岩窟)です。

参道入り口はここです。


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廃屋の横を通り、熊野古道風の山道を登ります。


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そして、こんな岩屋に到着。


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『西国三十三所名所図会』に「天狗岩窟」として紹介される岩屋堂は、かつて西国三十三所の巡礼者が馬越峠を越えてお参りし、旅を続けたところです。
馬越峠はまた、世界遺産熊野古道の伊勢路でもあります。かつては山岳信仰に基づく厳しい修験道も盛んでした。

巨大な岩窟の奥には、本尊の聖観音石像と三十三体の観音石仏が置かれています。


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いかにも霊場という神秘的な雰囲気ですね。

岩屋の外、右側にもいろいろな信仰が見られました。


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これは『山の神』です。


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男根の形をした御神体あるいは奉納物は、金精神や道祖神(塞の神)なのでしょう。
子孫繁栄・安産・縁結び・下の病に加えて、五穀豊穣や商売繁盛の祈願がされていたと思われます。

これ以外にも、神様の通り道である穴が開く稲荷社、大海竜王などを祀る岩穴など、様々な信仰が凝縮して存在していました。

また岩屋の左側には、お墓や卒塔婆が見られました。


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古くから死者の葬地として意識されていたのでしょうか。

さて、この巨大な岩屋以外にも、山中にはいわくありげな巨石がごろごろしています。


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巨石が一列に並んでいるような場所もありました。全体像を把握するのが難しい、知られざる巨石信仰があったのでしょうか?

無理やり斜面を登れば、不思議な巨石の正体や配置が明白になるのですが、ふと木の幹を見ると、高い位置まで鋭い爪のあとが・・・


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♬~ある日、森の中、熊さんに~♪ 
うーむ、そうとうデカい熊さんのようです。
詳しく踏査しようと考えておられる方は、地図よりGPSより、何よりも熊よけ鈴が必須ですね。


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いったいこの岩窟の本質は何なのでしょうか。
仏教的な色彩が濃いのですが、それ以前から土着的な原始信仰があったのは確実です。そして山中には、まだまだいろいろな謎がありそうです。


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コメント

山ノ神と丸石

さざなみ様、毎回楽しい記事をありがとうございます。
ちょっと気になったのが、さざなみ様が山の神様の祠として紹介されている写真です。そこに、明らかに山中にはないはずの河原の丸石が、何個も置かれています。
これについては、愚生がうろうろしている中四国の祠にも共通するのですが、山の中のもはや忘れられかけている小さい祠に、少なからず丸石が供えられています。場合によっては、本来は鏡があるはずの中央に大きな丸石が鎮座しています。
どうしてなのでしょうか?詳しい由来が判りません。石が依り代になっているのでしょうか?あるいは山の神様が、河原の丸石を好むのでしょうか?
もし御存知でしたら、お教えいただければ幸甚です。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

Re: 山ノ神と丸石

> ちょっと気になったのが、さざなみ様が山の神様の祠として紹介されている写真です。そこに、明らかに山中にはないはずの河原の丸石が、何個も置かれています。

神社と丸石の関係は、神社と龍(手水舎とか社殿彫刻とか)の関係と同じ程度に、普遍的であまりにも密接で、そして当たり前すぎてかえって見過ごしてしまう重要な課題ですよね。玉石(たまいし)が魂(たましい)の入れ物であったことは間違いないと思います。神霊のこもる石として、玉石(丸石)がご神体になっている神社の例はたくさんあるようです。山梨県の丸石道祖神信仰などは600か所程度もあるそうで、昔はあちこちに丸石が大盛り?になった祠がありました。また、よく本殿下に、やや扁平な小さい丸石が敷かれているのは、海の磯石との関係があると思います。海人系の信仰が川をさかのぼって内陸に入ってきたのでしょうか。
興味深いのは、丸石と石棒信仰の祭祀の共存がみられることから「丸石信仰の起源は石器時代に求めるべきだ」という中沢厚氏の仮説を、野本寛一先生が「傾聴すべきであろう」とされていることです。龍の信仰も丸石の信仰も、その起源は縄文の彼方に遡るのかもしれません。

玉石が魂・・・

さざなみ様、お返事をありがとうございます。
古来、本邦の先史時代の人々は、大樹や山、大岩や滝など、大きくて変化しないものに神が宿る・・・つまり依り代と考えていたようです。
丸石は小さいのですが、特徴的に丸いのは自然にあって自然ではない感じで、確かに神の御霊の器になり得るのかもしれません。
ひょっとすると、お守りがわりに持って行ったとか、違う場所に分霊したとか・・・?記録が無いので、想像にすぎませんけれど。

Re: 玉石が魂・・・

> ひょっとすると、お守りがわりに持って行ったとか、違う場所に分霊したとか・・・?記録が無いので、想像にすぎませんけれど。

和歌山県の古座川町、古座川の中の「清暑島(河内さま)」はご神体の島です。その前の河原の石を拾って遠洋航海にお守りとして持っていったそうで、無事帰ると二倍にして石を河原に戻したとか。河口近くなので角はなく、丸い石だと思います。
神聖な場所にある丸石は、神霊がこもる容器?として、依り代になっていたのでしょうね。
分霊や勧請に使われた場合もあったと思います。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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