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謎めいた巨石神・早滝比咩神社の知られざる磐座を推理する

早滝比咩神社の本殿上方、山腹から突き出た立石が、本来のご神体ではないかと推理したのが、前回の記事でした。


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さて、そもそも私たちは、岡山県倉敷市の由加神社方面から南下して、この地域に入りました。
日本三大権現のひとつ、あるいは厄除け総本山として知られる、由加神社のホームページには、

「その昔、磐座信仰(巨岩をご神体)と唱え近郊の人々の守護神として崇められ・・・」

とはっきり書かれています。
つまり由加神社は巨石・磐座信仰を起源とする神社なのです。


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とりわけ注目すべきは、本殿背後にあるこの立石です。


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本来最も神聖であるはずの本殿の屋根を削っていますから、本殿より磐座が優先である事が明白です。
斜面に立つ、この巨大な立石こそが、由加神社の起源だと推理して間違いはないと思います。

その由加神社から、直線距離でわずか2.5㎞しか離れていない場所に、やはり山中に立つ畏怖すべき形状の立石があれば、そこにも原始信仰があったと考えて無理はありません。

  ☆

早滝比咩神社の起源は、大宝元年(701年)紀州熊野12社のうち、1社を勧請したと言われ、本殿は元禄14年(1701年)建立されました。
これが事実であれば、1000年間の長きにわたって、本殿がなかったことになります。ではその間、何を祭祀対象としていたのか・・・・?


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祭神は瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)・速秋津姫命(はやあきつひめのみこと)・天吉葛命(あまのよしくずのみこと)の三柱です。
この神々は罪穢を払い給う神、火伏せ神と言われています。

さて、早滝比咩神社の境内に足を踏み入れると、すぐに巨石がありました。龍岩です。


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説明板の最後には、
古くは信仰の対象になったことでしょう。
と書かれていました。

参道を進むと、噴水のある池が見えます。


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冬枯れの夕刻という時季のせいか、華やかさや賑やかさは感じませんが、地域の方々がしっかり整備されていることが分かります。
子ども用の遊具もありますから、地域の憩いの場でもあるのでしょうね。


ではいよいよ、社殿です。


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屋根の上には、中腹に立つ謎の巨石が見えます。


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社殿のなかったころは、この岩を祭祀対象としていたと考えるべきでしょう。

では、望遠レンズで撮った画像をご覧ください。


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いかがでしょうか?
いろいなものに見える、何とも奇妙な巨石です。
手前の長方形の岩は、人為的な雰囲気を感じます。

  ☆

実は、これとよく似たパターンがあります。
大阪府豊能郡能勢町倉垣、歌垣神社の背後にそそり立つ、岩神です。


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緑の山腹から、異様な岩塊が飛び出ている情景がよく似ています。

歌垣神社の裏の斜面を無理やり登ると、道なき道の先にこの岩組みがあるのですが、構造は複雑です。
全くの天然とは思えません。


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歌垣神社の由緒によると、もともと山腹の大巖石の上に岩神と称して祀られていものを、建久七年(1196年)に社殿を現在地に移転し、寛永二年(1625年)に牛頭天王を勧請したとされます。
つまり山麓に社殿が立てられる前は、この巨大な立石まで登って祀っていたわけです。

これら、由加神社や歌垣神社の巨石・磐座信仰から類推すれば、この早滝比咩神社でも、かつては中腹の立石がご神体であり、その前で祭祀が行われていた可能性が高いと思います。
おそらくこの立石は岩屋状になっている部分があって、長方形の岩との間に祭祀空間があるのでしょう。

何かヒントはないかと、しっかり見ます。すると、立石の一部が不自然に黒くなっていることが分かります。


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これは何を意味するのか?

おそらく焚火で煤けたのでしょう。

想像してみましょう。
真っ暗な夜、巨大な立石が焚火の反射で煌々と光り、時には紅蓮の炎がちらちら見えるわけです。
はるか遠くの集落からもその異様な光景は見えたでしょうから、物好きや変わり者がちょっと火を焚いてみた、などというレベルで許されることではありません。

龍神なのか、瀬織津姫命なのか、あるいはもっと原始的な神なのかは分かりませんが、この一帯の崇拝対象である神霊は、かつてこの立岩に降臨したのではないか、そしてこの前で火を焚く神事があったのではないのか、そう思います。

ネットでいろいろ調べてみましたが、この岩の情報はありませんでした。
磐座研究者の方々にもノーマークの巨石のようです。


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もし地元の情報をお持ちの方があれば、お知らせいただくとありがたいです(^^♪


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コメント

No title

>真っ暗な夜、巨大な立石が焚火の反射で煌々と光り、時には紅蓮の炎がちらちら見えるわけです

なるほど。記事と推論を大変興味深く拝読させていただきました。
南紀、熊野速玉大社の境外摂社である神倉神社のゴトビキ岩をはじめ、我が国にもあちこちに巨石信仰がありますよね。
これからも楽しみにしています。
応援ぽちです。

Re: No title

さえき奎 様

コメント&ポチ、ありがとうございます。
まあ実際は、昼間に火を焚いていたかもしれないのですが、大嘗祭のように祭事は本来夜中の闇で行われたので、勝手に想像して書きました(^^♪
ゴトビキ岩は、あの恐ろしく急な石段を、御神火を松明に分け合って大勢が駆け下る神事があります。巨石信仰と火は、相性がいいのかもですね。
巨石はこれからも記事にしますので、よろしくお願いします。

早瀧比咩神社の取材感謝します

sazanamijiro様
 偶然この記事を拝見し感動しました。自分は子供の頃から滝地区に住んでいる老人です。若い頃壮年会長時代に、写真にある早滝公園の説明版を複製しました。現在は早瀧比咩神社の氏子総代長を仰せつかり神社の保守、管理に努めています。4月18日にセガの運営する「シュミカツ」に早瀧比咩神社をPRかねて記録に留めたく投稿始めました。今後ともよろしくお願いします。

Re: 早瀧比咩神社の取材感謝します

それなりじいさん様

コメントありがとうございました。
たいへん素晴らしい地域だと思います。
また磐座などについてご教示いただければ幸いです。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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