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王位石と沖神島神社の不思議な伝説

野崎島の王位石。


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(後述の資料館より)


王位石については、人工説と天然説があり、結論は出ていません。
しかし、風化と浸食で形成された奇岩は、花崗岩の方状節理であれ玄武岩の柱状節理であれ、同じ形状パターンは各地にあります。一定の条件下、一定の風土下では同じパターンの物理的変化を生じさせるのです。

しかし、王位石に似た天然の奇岩が日本にあるとは思えません。


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下の継ぎ目をご覧ください。


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風化や浸食で亀裂が生じたとは、とても思えません。明らかに最初から太さの違う岩を載せています。

次にこれは、笠石の支柱石(左側)です。


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メインの支柱石では高低が出てしまって笠石が不安定になるため、補助的な支柱を挟んだようにも見えます。

結論として、少なくとも王位石の最上部は、人工的なものだと思います。


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  ☆

では、王位石をご神体とする、沖神嶋神社とはどんなお社なのでしょうか?
下は、沖神嶋神社社務所の由緒書きです。


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祭神三座
右 志々伎大明神  十城別王子(トウキワケオジ)
中 神嶋大明神   一速王子(イチハヤオジ)
左 七郎大権現   氏廣公

慶雲元甲辰年建立  紀元1364年
          西暦 704年


祭神について、十城別王子と一速王子は、日本武尊の御子であり、神功皇后の「三韓征伐」の時に軍功があってここに祀られたと記されています。
これらは記紀神話を取り入れた後付けの話のような気がするのですが。

さらに興味深い話が書かれていました。

一基は此の山の北の方 海底に有りて 大潮干潮海上静なる時笠石の瀬見える〈すなわち阿瀬(あぜ)という〉
常に不知(しらず)して此の上を船過る(とおる)時は、忽ち変あり


つまり、この王位石と同じものがもう一つ、山の北の海底にあるとはっきり書かれているのです。
知らずにその上を通る船には「変」が起こり、干潮時には笠石が見えると、かなり具体的な記述です。
王位石そっくりではなくとも、未知の石組みが海底に沈んでいるのかもしれません。


さらに不思議な伝説が続きます。

毎年大晦日には、未知の岩組みが沈む阿瀬の海中より、月光のごとく光る龍燈が出て分散し、海上が照り渡るというのです。
神秘的な話ですね。
「毎年衆人是を拝す」とありますから、それを見たという人が何人もいたわけです(@_@;)
単なる伝説、共同幻想にすぎないかもしれませんが、この大晦日、対岸から望遠鏡でじっと眺めたい気がしてきます。


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ひょっとすると、琵琶湖の水深数十メートルという湖底に縄文遺跡があるのと、同じ祭祀思想なのでしょうか??

  ☆

小値賀町歴史民俗資料館は、小さいながら充実したところです。


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王位石の史料も展示されており、学芸員さんのご意見もうかがうことができます。

その展示物の中に、こんな絵図がありました。


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よく見ると、王位石の上の方に、何かが描かれています。
祭神の古墳だとされているようで、巨石が並んでいるように見えます。

三輪山などの原始信仰の伝統を守るお社には、しばしば頂上の奥津磐座、中腹の中津磐座、山麓の辺津磐座の三点セットが見られますが、ここは山頂、中腹、海底に三点セットがあるのでしょうか?

ただし、これらについてお話を聞こうとしても、神社のご神職はおられません。
住民が離島したあと、なおこの島に残っていた宮司さん一家も、2001年(平成13年)には離島し、野崎島は無人島となったのです。

  ☆

実は、誰もいないはずの野崎港の待合室で、写真を掲示しようとされている方がおられました。
住民がまだ住んでいる時代から、この島の写真を撮って記録してこられた、「自然とへヴィ&ハードロック、芋焼酎をこよなく愛す動物写真家」の津田堅之介さんです。


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気さくで優しい方で、昔の野崎島の話をいろいろ聞かせていただきました。
その中で驚いたのは、住民の言葉には、朝鮮語が時々入っているという話でした。

さらに、いろいろ親切にして下さった津田堅之介さんへお礼の気持ちを込めて、最終日の小値賀港売店で
『野崎島の四季  写真家 津田堅之介』
というDVDを買ったのですが、その中に廃校となった野崎小学校の校歌が映し出されていました。

気になったのは、その三番の歌詞。

西海の波とどろけば
大陸文化もとめたる古代の人の心つぎ
はげむ力のわいてくる
野崎 野崎 野崎 われらが母校


成田や関空では、さまざまな国の言葉が飛び交います。
同じように古代の小値賀島、野崎島では、日本語だけでなく中国語や朝鮮語なども飛び交っていたのかもしれません。
また風土記には南九州の風俗と似ていると書かれたり、遺跡からタイ国産の陶磁器が出土したりと、古代からグローバルな地域であったようです。

ちなみに私が衝撃的に感じたのは、小値賀島に関わる『肥前国風土記』の内容です。

「この島の白水郎(あま)は容貌が隼人に似て、常に騎に乗って弓を射ることを好み、その言語は世人と違っている」

もし王位石と同じような巨石遺構があるとしたら、それは日本国内ではなく、韓国南岸の多島海地域から、東南アジアの沿岸部に至る、ひなびた海岸沿いにひっそりと残っているのではないか・・・・
単なる空想ですが、そんな気がしています。


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コメント

いつかは行きたいな。

さざなみ様、いつも素晴らしい写真と興味深い記事をありがとうございます。
王位石は須田郡司さんの写真集に出てくるのを見て初めて存在を知りました。以前から行きたい場所の一つなのですが、なかなか訪ねるのは難しそうです。

王位石を見ると、ついつい御在所の地蔵岩を連想してしまうのですが、似てないでしょうか?
https://www.gozaisho.co.jp/highlight/rocks/

No title

こんにちは。。。
一体どう言うバランスで立っているんでしょうかね??
台風にも地震にもずっと耐えていたわけですよね~?!
不思議です。。。
自然の力なのか・・・それとも人力??
どちらにしても本当に不思議です。。。
お邪魔いたしました。。。

Re: いつかは行きたいな。

鯨 様

たしかに王位石は、いまどき外国へ行くより、よほどしっかり時間がかかります。
地蔵岩も不思議ですが、割れて偶然に隙間に落ちたといわれれば、そうかもしれないと思います。
しかし王位石は複雑な構成なので、人の手が加わっている可能性が高いと思います。

Re: No title

ViVid Mr.K 様

不安定そうなバランスなのに、台風にも地震にも耐えていたのは、私も不思議でしかたありません。
実は凸凹できっちり差し込まれていたりして(^^♪
笠石の上で舞を奉納していたそうですが、ジェイソンに追われるくらい恐ろしいです。

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二輪旅!

行ってみたいです!
神秘的ですよね。

Re: 二輪旅!

足立功 様

コメントありがとうございます。バイクで各地を巡っておられるんですね(^^♪
狭い林道のため、車で行けない場所がたくさんあり、二輪ならいけるのになあとよく思っています。
ところで王位石は、船を乗り継いで野崎島へ行き、そこから登山なので大変です。でもそれだけの価値はあると思うので、ぜひご訪問なさってください。

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Re: 野崎島の王位石

K様

知りえた情報はすでに載せております。
もし新たな事実が何かわかりましたら、再度連絡いただけると幸いです。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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