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万九千神社の秘儀・観光客の知らない素敵な出雲を案内します!

毎年10月は、各地の諸神が出雲に集合するため、神無月と呼ばれます。
そのため出雲では神在月なのですが、出雲に来た神様たちは、どんなスケジュールなんでしょう。
トランプ大統領のように、ゴルフに大相撲と、手厚くもてなされているのでしょうか(^_^.)

今日は、それにも少しかかわる話です。

  ☆

出雲大社に隣接する古代出雲歴史博物館は、出雲の歴史を知るための展示品であふれている、大規模な博物館です。


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出雲大社の復元模型をはじめ、考古学史料も充実しています。


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その館内で出雲大社に関連するビデオを見ている時、耳慣れない名前の神社で重要な祭儀が行われる場面がありました。


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万九千神社 竜神祭(神迎え)』とテロップにあるように、万九千神社という神社に、八百万の神々が集まるというのです。
それも宮司さんがたった一人、暗闇の中で秘儀を行うということでした。

しかしそもそも、万九千神社の読み方さえ私には分かりません。
やおろずの神が集うのだから、よろずきゅうせん神社かな・・・?
なんて思ったら、正解は「まんくせん神社・まくせのやしろ」でした。

鎮座地は、島根県出雲市斐川町併川258、国道9号線と斐伊川の交わる所のようです。
ちょうど帰路に通りかかるので、出雲ラストのお社として夕方に訪問することにしました。

  ☆

さすがは幹線道路の国道9号線、広々として快適に走れます。
このまま山陰地方を走れば、いつかは京都の五条通に合流だな、なんて考えているうちに斐伊川を渡り、左折するとすぐに到着です。
駐車場は広々として、いつもの悪路難路とは全然違う参拝でした。


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さて、この万九千神社は、神在祭(毎年の神在月、旧暦10月)に際し、全国から出雲へと参集された八百万神が最後にお立ち寄りになるとの神話を今に伝えています。

八百万神は当社において、出雲路における神議り(かみはかり)を締め括り、神宴(直会=なおらい)を催したのち、神在月26日から翌未明にかけて諸国へとお旅立ち(神等去出=からさで)なさるとされているのです。


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しかし驚いたのは、その神々が
当社の磐境、神籬に参集され、神議りや直会をなさることにちなみ、国内全ての神々をまつる。」と、磐境が記されていることです。
境内図には、本殿の背後に「磐境・神籬」が描かれています。
いったい何があるのかと背後にまわると、何と人の背をはるかに上回る、立派な立石があったのです。


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本殿背後の磐座ですから、本来のご神体でしょう。
この神社の核心部です。

背後が山なら、露出した岩石が磐座として祀られることはよく見かけます。しかしここは、全くの平野部です。
周囲はこの通り。


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これだけ大きな立石ですから、意図的に立てた可能性が高いと言えます。
いずれにしろこの磐座は、全国各地から集まった神々はすべてここに集まるという、信仰上は日本一重要な磐座だともいえるわけです。

ただしここまで書けば、
「オイオイ、出雲に神々が集まる神在月なんて話は、中世以降に出雲大社の御師が全国に広めた語源俗解なんだから・・・・」
と苦笑いする方もおられるでしょうね。

しかし出雲大社の御師が勝手に広めたフィクションなら、出雲以外の有力神社はかなり反発したはずです。
なんとなくであれ、現在は神無月と神在月の概念が日本各地で共有されているのには、それなりの歴史的な「共同幻想」があったはずだと思うのですが。

  ☆

ところで昨日、ストーンヘンジ等の巨石文化の記事を書きました。

古代巨石文化の「共時性」という概念からは、当然ながら古い神社の立石は巨石文化に起源を持つ可能性があることになります。
そして「うちの神社の起源は、縄文時代に遡る」と考えておられる宮司さんは、意外にたくさんおられると聞きます。

もしそれが事実であるならば、「原始神道」という概念で捉えられる、神体山や巨石信仰というプリミティブな信仰が進化発展して、現在の神社信仰につながったことになります。

ひょっとすると、万九千神社の磐座は、縄文時代や弥生時代の巨石信仰・磐座信仰を伝える貴重なものかもしれませんね。
(ただし、実際には代変わりしているそうです(^^♪

  ☆

さて、10月17日の早朝、神迎えにあたる龍神祭を、宮司一人が神社近くの斐伊川の水辺で秘儀として行います。

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そして、神籬(ひもろぎ)に宿った神々を神社へと移し、以後境内周辺では、奏楽をはじめ歌舞音曲の一切を禁止するそうです。
祭場の静粛と清浄を保ちながら、26日の例大祭、神等去出祭を迎えます。

26日の夕刻には、宮司家伝来の神楽を伴う湯立神事が境内に忌み火で湯釜を沸かして行われ、続いて浄闇の中、八百万神に出雲からのお立ちの時が来たことを奉告する「神等去出神事」(からさでしんじ)が厳かに行われます。
宮司さんが幣殿の戸を梅の小枝で「お立ち」と三度唱えながら叩く、特殊な所作があるのだとか。

この晩、神々は当地において直会(なおらい)と呼ぶ酒宴を催し、明年の再会を期して、翌朝早くいよいよ各地の神社へと帰途につくことになります。
この夜は、神職も参詣者も境内から出なければならないそうで、もし夜間立ち入ると神罰が下るとか。

なかなか厳重な儀式ですね。

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  ☆

さて、私たちが立ち去ろうとして社務所前を通ると、優しい笑顔の女性から声がかかりました。


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なんと、お神酒とお下がりのお米をいただけるというのです。

妻はおいしそうにお神酒を飲んでいましたが、さすがに私は運転手なので遠慮し、お米だけいただきました。


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そして勧められるまま、固そうな生米を口に含むと、意外に噛みやすくて、しっかりいただきました。

社務所でお守りやお札を買った後ならともかく、撮影第一の怪しい参詣者に笑顔で優しく対応していただき、ほんとうにありがたいお社でした。

お遍路のお寺では、おもてなしの優しさを感じることが多いのですが、神社でそれを感じることは極めて稀です。しかし万九千神社には、それがあったのです。

神の宿る神秘の磐座と、それをつかさどる方の優しい笑顔。
出雲の旅の最後に、素敵なお社に出会えてよかったと、妻も私もしみじみ満足しながら帰路につきました。

神在月は、出雲大社の御師が全国に広めた語源俗解・・・いえいえ、そんなことはございませんよ、多分。
ストーンヘンジより古い由緒と伝統を誇る立石(多分)は、きっと八百万の神々のターミナルであり、神様にとっての成田や関空の役割なのでしょうヽ(^o^)丿

それにしても、こんなに便利な場所で神秘の磐座が見られるなんて、全国にもほとんどありません。
その上ご利益も間違いなし。
善男善女の皆様、出雲大社に来られたら、この万九千神社にもぜひお参りを。

(これだけ宣伝すれば、恩返しができたかな…(^_^)/~)


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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