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『瀬戸内 石の文化を日本遺産に!』 を勝手に応援団します!!

子妊石のある高島は、小さな離島です。
その玄関口である高島港。


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そこで帰りの船を待っている時、こんな「のぼり」が目に入りました。


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「瀬戸内 石の文化を日本遺産に!」と書かれています。
笠岡市・丸亀市・土庄町・小豆島町が合同でこの運動を推進して、地域の活性化につなげようとしているのでしょうね。
巨石マニアの一員として、側面からこの運動を応援するために、一言書かせていただきます。


  ☆


さて、のぼりには、四つの写真が縦に並んでいます。
上から三番目は、大きな石のようですが、日本遺産候補として売り出すこの巨石は、いったいどこにあるのでしょう?

どうもこれは、間違いなく小豆島の「重岩(かさねいわ)」でしょう。
所在地は、小豆島の南西の端である小瀬の山頂部で、小瀬石鎚神社の御神体として祀られています。


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背後には、瀬戸内海の美しい絶景が広がります。

このことは逆に見ると、広い瀬戸内海のあちこちから、この奇妙な巨石がはっきりと見えることになります。
特にここは小豆島の南西部ですから、西から東へと進む船からは、小豆島に近づいた目じるとして、大変よく見えるはずです。

  ☆

ところがよく考えてみると、同じように高島の子妊石も、島の西南部の山頂にあり、やはり西から東へと進む船からは、高島あるいは笠岡諸島に達したという目じるしとしてよく見えたでしょう。


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どちらも西や南から目立つ存在で、人工的な可能性がある巨石です。
これは単なる偶然でしょうか?


ところで奇妙な巨石と言えば、その最たるものが、何度も紹介している五島列島の王位石です。


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この王位石からは、社殿の上に西側の海が開けています。


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やはり西側から進んでくる船には、明らかに目立つ存在です。
これもまた、単なる偶然で西側の山腹にあっただけなのでしょうか?


  ☆


ここからは、この問題に対するひとつの仮説としてお読みいただければ幸いです。

おそらくこれらの岩組みは、明らかに何らかの意図をもって、人工的あるいは半人工的に設置されたものと私は考えています。
では、なぜ重量物が運搬困難な険しい山頂や山腹、それも西側ばかりが選ばれているのでしょう。
もっと設置しやすい場所がいくらでもあるはずなのに。

私は、これらの巨石は信仰の対象物であると同時に、
「高度な技術と経済力・動員力があり、しかも巨石信仰を持つ我々が、この島にいるぞ」
という目じるしだったのではなかったかと思います。

全く関係のない時代の話ですが、水戸黄門のドラマでは、助さんや格さんが身につけている菅笠(すげがさ)を宿屋につるし、後から来る弥七などへの目じるしとするシーンがよくあります。
電話もパソコンもない時代、移動する者と連絡を取るのは極めて困難なのです。

日本の古代には、中国本土や朝鮮半島はもちろん、北方ユーラシアからマレー地域に至るまで、さまざまな文化を持った人たちがそれぞれ何度も渡来してきました。
波が静かで無人島が多い瀬戸内海は、西から東へと向かう渡来集団が何度も航行したでしょう。
そんな時、同じ文化を持つ後発集団に居場所を知らせたり、あるいは逆に大きな勢力を持つ信仰圏を暗示してよそ者外来者の上陸をあきらめさせるような、そんな広告塔の役目もしていたのではないでしょうか。

そう考えると、島や山の西側、すなわち西から来る人に目立つように巨石が設置されていることが不自然ではなくなります。



・・・・というわけで、思い付き程度の仮説を書かせていただきました。
ほかにもいろいろ可能性はあると思います。
ただ、明らかに遠くからでも見えるように、これ見よがしにというか、「わざとらしく」目立つ場所を選んでいるのは確かだと思います。

高島の青銅剣に関わって、古代イランの巨石文化がこの島に来たとする説を紹介しましたが、西アジア系の巨石文化である可能性ももちろんあるでしょう。


というわけで、瀬戸内の巨石文化はどこに起源を持つのか、そのミステリアスな謎解きだけでも、石にかかわる日本遺産候補の意義は十分あると思います。歴史学のエライさんが踏み込まない、未知の領域はおもしろさ満載!!!


ところで例の「のぼり」のいちばん上は、北木島の丁場の写真でした。
北木島といえば、人気お笑いコンビである千鳥・大悟さんの実家がある島です。

漫才の中で「もうすぐ日本遺産や!」なんていうフレーズを無理やりいれて、「わざとらしく」宣伝してくださいませ(^_^)/~


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コメント

これは・・・!!

本当にあからさまで、これでもか!!ってパフォーマンスが憎いばかりですね。
どこから見ても目立ちますし、目に焼き付きますね。
こんなに目立つ巨石と、工夫満載の祠というか、鳥居の風情もなんともいえない立派なお宮のたたずまいに、もう、ブラボー!って叫びたくなりますね。

これがもう少し大阪とか静岡とか、人口の多い都市から船便がいっぱい出ているところだったら、党の昔にすごい有名なパワスポとして紹介されて、メジャーになっていたでしょうが、どこか、瀬戸内の孤島としてそっとしておきたい秘島でも、ありますね?

どこかのお偉い歴史学者などに踏み荒らされたくないsazanamiさんの、気持ち、すごくよくわかりました。(*'ω'*)

No title

こんにちは。。。
これは凄すぎますね・・・
どの様にバランスを保っているのか・・・
不思議です。。。

高度な技術と経済力・動員力とマレー系民族

>私は、これらの巨石は信仰の対象物であると同時に、「高度な技術と経済力・動員力があり、しかも巨石信仰を持つ我々が、この島にいるぞ」
という目じるしだったのではなかったかと思います。

〇ご指摘のとおりだと思います。
 西側にあるということは、東側からくる船の目印になるという感じですね。しかも、こうしたことをしたのは、日本民族のルーツでは、マレー系以外には考えられないところがあります。
 たいへん参考になります。
 草々

Re: これは・・・!!

MIUMIU 美雨 様

多分昔は、大きな町の平野部でも、興味深い巨石遺構などがたくさんあったと思います。
しかし築城とかの土木工事の材料にされて、どんどん取り壊されたため、離島くらいにしかのこってないのかもしれません。

できればミステリアスな文化遺産として、たくさんの人に見ていただき、大切にしようという機運が高まればいいかな、なんて思っているところです(^^♪

Re: No title

> こんにちは。。。
> これは凄すぎますね・・・
> どの様にバランスを保っているのか・・・
> 不思議です。。。

巨石マニアと自称する方もそこそこいらっしゃいますが、みなさん「凄いな」とか「不思議だな」とかから始まっているようです。
ViVid Mr.K 様も、片足でものめりこんでいただけると、仲間が増えてうれしいです(^_^)/~

Re: 高度な技術と経済力・動員力とマレー系民族

レインボー様

飛鳥などの奇怪な石像のルーツは、マレー系文化に似たものがあることはわかっていますが、子妊石なども同種の文化遺産が見つかればいいですね。
時間と金銭的余裕があれば、ぜひ行ってみたいです。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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