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大題目岩(和気町)・「南無妙法蓮華経」と巨石信仰

岡山県和気郡和気町のシンボル和気富士の岩盤に、「南無妙法蓮華経」という巨大な文字が刻まれています。
これが、日本一ともいわれる「大題目岩」です。


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単に日蓮宗関係遺産としてではなく、当時の人々の考え方を象徴する地域の近代遺産でもあるため、平成二十八年に和気町指定文化財とされました。


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ふと思ったのですが、この巨大な露岩は元々なんだったのでしょう?


  ☆


題目岩といえば、滋賀県の琵琶湖にもありました。
彦根市の多景島です。

まずは、眺める方向によりさまざまな島影を見せる多景島。


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上の写真の中央に建つ巨大な立石に、やはり「南無妙法蓮華経」と刻まれています。


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この岩は、高さ約6間(10.8m)あり、「南無妙法蓮華経」の文字は元禄5年に、命綱にぶら下がりながら三年の歳月をかけて日靖上人によって刻まれました。
題字は京都妙顕寺・勝光院日曜上人の筆で、一文字に米一俵が入ると言われています。
また、桜田門外の変での井伊大老横死の際に、鮮血をにじませたとも伝えられています。


ではそもそも、この多景島とはどういう島なのか?

彦根市ホームページにはこう書かれていました。

琵琶湖中央のささ東寄りに浮かぶ周囲約600メートルの無人島で、眺める方向によりさまざまな島影を見せることから多景島と呼ばれました。
島そのものがご神体として尊重されてきた聖域で、島全体が日蓮宗見塔寺の境内となっています。
北側には桜田門外の変の際に鮮血を滲ませたという伝説をもつ題目岩もあります



また、公益財団法人滋賀県文化財保護協会のホームページにはこんな史料もありました。

新近江名所圖会 第59回 神の宿りし岩-多景島 題目岩

日請上人は、何故この巨巌に題目を彫り込んだのでしょう?
それは、多景島の周辺の湖底から出土する古代の遺物が示すように、元々、多景島は琵琶湖の神が棲まう島だったのでしょう。そして島の中でも、ひときわ雄々しく屹立する巨岩は、島の神の宿る最も神聖な磐座だったと考えたのではないでしょうか。
いわゆるアニミズム的な信仰の対象だったのでしょう。多景島に渡海した日請上人は、この島に神の気配を感じ、そしてその神と、己が信じる神、すなわち法華経を重ね合わせ、それを視覚的に表現するため神の磐座に「南無妙法蓮華経」と刻み込んだのでしょう。


同じホームページの
調査員のおすすめの逸品141 このお皿は何の皿?
の記事にはこんな記述も。

多景島遺跡の「厄除」皿は、多景島東南の琵琶湖底から潜水調査によって見つかったもので、「厄除」皿のほかに多量の古銭や経筒・鏡・懸仏などの祭祀関係の遺物とともに、縄文時代から現代にいたる遺物も一緒に出土しています。たくさんの祭祀関係の遺物が湖底から見つかったということは、この島が昔から信仰の島として存在していたことの証しであると考えられます。

つまり、縄文時代からの祭祀が息づく島だからこそ、巨石信仰の神聖な磐座に「南無妙法蓮華経」と刻んだということになります。

それでもお寺を縄文とか弥生とかの祭祀と結びつけるのには、違和感がある方もおられるでしょう。

ではもう一つ、京都府の笠置山。


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笠置寺の弥勒大磨崖仏付近からは、弥生時代の石剣が出土しています。
今風に言えば、「奉納」でしょうね。つまり、弥生時代から、巨石信仰・磐座信仰が続いている可能性が強いのです。


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仏教民俗学者の五来重先生が、かつて『大法輪』に書かれた、

「山には山の神霊がおり、海には海の神霊がおる。これが仏教を受容する庶民信仰の台木であって、この台木に仏教諸尊が接木されても、台木の性格はどこまでも接続されていく。」

という名文が思い出されます。


  ☆


和気町に戻ります。

大題目岩は、和気町のシンボルである和気富士の山麓に位置します。
和気富士は、現在も信仰のある巨岩や岩窟がみられる、古くからの聖地ともいえます。
(後日また記事にします。)

その山に巨大な露岩があったわけですから、やはり元々は神道系の原始信仰がある場所ではなかったか。

その神聖感・聖地性を、題目岩が受け継いだのではないかと思います。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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