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神武天皇と井光シリーズ最終・聖なる人面岩と 仏が示現する不思議な滝

(続き)

井光地区の案内板から、渓谷沿いの狭い林道を2kmほど進んだ頃でしょうか。
Uターンもできるし、車も数台駐車できる、少し開けた場所に到着。正直ホッとしました。


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時間の余裕がないので、登山靴に履き替え、すぐに登りはじめます。


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小さな渓にも橋があるのですが・・・・・・


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足を踏み抜かないよう慎重にわたります。

何とか10分ほどで「御船の滝」へ到着。


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この滝に「仏が現れる」とは、どういうことなのでしょうか?

これが滝の上部。


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ごく普通の滝ですが、下の方がちょっと変わっています。


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水の流れが、くっきりと何かの輪郭のように、白く流れ落ちていました。


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お分かりいただけましたでしょうか?

おそらく、岩を伝う水の白い筋、それが輪郭となり、仏が見えるということなのでしょうね。
確かに、普通の滝にはない、不思議な流れ方です。

説明札が立っていました。


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案内の説明の最後には、
「虹に腰を掛ける仏の姿」
と書かれています。
これはまたどんな意味なのか、じっくり相対したいところですが、帰路時間があれば見る事にして、とりあえず大塔宮へと進むことにします。


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先ほどは朽ちかけた部分のある橋でしたが、これははしごなのか、木製の歩道なのか、とにかくファミリー向きではない山道を黙々と進みます。


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この辺りは、すでに標高1000m前後。日が暮れれば道の判別は困難で、携帯は圏外です。
こりゃあ、道に迷えば即遭難かも・・・などと思いながら進むこと20分ほどで、なんとか頭上に岩が見えてきました。
三角形で、ピラミッドの先端部のような岩です。


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私の経験では、三角錐の巨岩があるところには、しばしば異様な巨石信仰が見られます。

そしてこの岩のすぐ上に、めざす「大塔宮」がありました。


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ほんとうにここには、『吉野郡名山図志』に

天然の山巖 高さ三十余丈、面白が、鼻、目、耳、儼然たる威霊、衣体襞皺甚適、眼口有如眉之趣、程を隔ててこれを窺うに妙功尽したる人作にてもとてもこの精神威霊あるべからず、 仰ぎ望めば最も畏懼すべき

とまで書かれた、畏怖すべき顔があるのでしょうか・・・・


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たしかに、眼のような部分が下の方にあります。
天狗のような顔かな。


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目のような窪みのアップ。


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妻が、角度によってはいちばん上も顔に見えるというので、パチリ。

左を向いた顔にも見えます。いかがでしょうか?


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御船の滝に立っていた説明札では、井光地区の古文書に
「井光神社の守護神  天の羽羽矢の神 王塔・奥の院神社」
と書かれていたそうです。
しかも「大塔」ではなく「王塔」の文字で。

井光地区の守護神たる井光神社の、そのまた守護神ということでしょうか。
神武天皇が矢を奉納したという伝承もある以上、ここが大変重要な祭祀場所であることは間違いないようです。

あくまでも神話上ではありますが、『皇紀』に従えば、今から2700年前にはすでに存在した由緒ある祭祀遺跡となります。


  ☆


さて、山中は日が落ちるのがあっという間です。
まだ太陽が斜めに輝いているうちにと、急いで下山を始めました。

最後に、小休止を兼ねて再び御船の滝へ。
滝の一番上のあたりには、日光が当たって白く輝いています。

もう一度写真を撮って帰ろうとした、まさにその時、樹間を通り抜けた一筋の日光が滝に当たり、微かに虹が見えるではありませんか!

おそらく、ほんの20秒ほどの奇跡でした。

ザックに入れかけていたカメラをあわてて取り出し、何とかアップで一枚だけ撮ると、それを合図のように、虹はすっと消えていきました。


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最初に見た色の、恐らく半分くらいの色の薄さですが、とりあえず虹の痕跡は分かっていただけると思います。

虹の消えた滝には、先程と同じ黒々とした岩肌に、白い輪郭の仏様が見えているだけです。


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もしずっとここで見ていたなら、あちこちに虹が出現していたのかもしれません。

一瞬でしたが、「虹に腰を掛ける仏の姿」の意味が分かりました。(合掌)


  ☆


尾のある人というのは、猟師がよく腰から毛皮をぶら下げているように、その衣装から表現された言葉なのかもしれませんね。

また「光る人」というのも、『古事記』では、「井光」が出てきた井戸が光っていたと表現されています。

ここには水銀鉱があり、それが光ることを、「光る人」「光る井戸」と象徴的な意味で表現したという説もあるようです。


結局、「尾のある人が光る」という記紀神話の謎を解明することはできませんでした。
しかし、まさに隠れ里のような、ここ井光の地が、記紀神話成立以前から独自の文化風土・信仰風土を持っていることが分かりました。

私はいつも、神道における「八百万」の神々やその儀礼や祭りや踊りは、それぞれがオンリーワンの貴重な信仰文化であり、神道は本来多文化共生の宗教だと述べてきました。

そしてこの井光地区もまた、かけがえのない貴重な伝統と信仰が今に残る、素晴らしい地域でした。



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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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