FC2ブログ

記事一覧

十和田神社と御倉山と石ヶ戸・十和田湖に眠る謎

十和田湖といえば、東北地方を代表する観光地のひとつです。
山間に開けた神秘の湖は、数多くの伝説や信仰が今も息づいています。


IMG_0831_convert_20180902004710_201811091523583ce.jpg


IMG_7245_convert_20180901141339_20181109152423251.jpg


まずは、青龍伝説を今に伝える十和田神社です。


IMG_0875_convert_20180902005130_20181109152402e8b.jpg


磐座信仰を感じさせる本殿背後の祠。


IMG_0901_convert_20180902005905_20181109152409aba.jpg


小規模な岩窟信仰も岩壁に並んでいます。


IMG_0865_convert_20180902005031_20181109152415c14.jpg


湖上には、大黒様と恵比寿様を祀る岩の島。


IMG_6915_convert_20181109132259.jpg


さらに極め付きは、全国的にも有名なパワースポットとして知られる「占場」です。


IMG_0935_convert_20181109132222.jpg


十和田神社の裏側から、長い鉄のはしごをつたって降りたところにあり、南祖坊入水の場とも伝えられています。
吉凶を占う場として信仰を集めており、お金やお米を白紙にひねったものや、宮司が神前に供えて祈念をこらした「おより紙」を湖に投げ入れると、願いが叶うときには水底に引き込まれるように沈み、叶わないときには重いものでも浮いたまま波にさらわれて沖へ流されるといわれています。

ただし、現在は占場へ下る梯子は通行禁止となっており、船からしか見る事はできません。


IMG_0938_convert_20180902010042_201811091524108d7.jpg


「おより紙」にはこう書かれています。

地上第一の霊地は十和田神社。
湖中第一の霊場は御占い場。
ここは古来より竜神信仰の霊倹あらたかな所であって人智、人力の及ばない処を御神力によって世の安泰を祈る所である。
されば昔から社参のともがら此所に来って、至心に一切のことを占い求めました。万一うけひき給わぬ時は、いずこよりか深山がらす飛び来って、占い紙をくわえ去ったと語られて居ります。
想いをこめて占問うものは何ぞ。すなわち、年穀の豊凶、海漁の予測をはじめ、事業、将来の成不成、病気本復の速不速、交通安全、念願の成否、嗣子の有無あらゆることを占卜して神意心当、まことに畏るべくまた敬すべく秘奥の旧儀なのであります。


これを読むと、ここが特別に神聖な場所だということがよくわかります。

そして、社務所で宮司に祈祷していただいたこの「おより」を流す時には、対岸の「御倉山」を拝し、願いを込めて流すのだとか。

御倉半島の御倉山というのは、いかにも神体山らしい名前ですね。
お椀のようなきれいな御倉山溶岩ドームは、まさに神様のおわす山。


IMG_7084_convert_20180901121737_2018110915241526d.jpg


IMG_7034_20181109152428a6c.jpg


これは五色岩。火山性の赤い壁が、神秘感を増幅しています。


IMG_7162_convert_20180901121944_20181109152423573.jpg


ついでに、御倉山の湖岸にある、話題のキリスト像。


IMG_0976_convert_20180901121435_20181109152409c21.jpg


IMG_7183_convert_20180901122033_20181109152414ff6.jpg


  ☆


で、ここからが本日のテーマです。

神社信仰には、しばしば重要な祭祀地点が線上に並んでいます。
世界遺産の宗像大社・沖ノ島の例は、今までに何度も出していますね(^_^)/~


ひょっとして、十和田神社から見る御倉山の向こうにも、何かあるのではと、地図上でラインを延長します。





すると、妙なものがありました。
奥入瀬渓流の石ヶ戸です。

行ってみましょう。


IMG_7325_convert_20181109132908.jpg


IMG_7321_convert_20181109132830.jpg


設備の整った石ヶ戸休憩所から、奥入瀬渓流沿いの小道をたどります。


IMG_7305_convert_20181109132710.jpg


IMG_7306_convert_20181109132750.jpg


これが、石ヶ戸です。


DSCN1867_convert_20181109132006.jpg


IMG_7294_convert_20181109132426.jpg


IMG_7293_convert_20181109132347.jpg


IMG_7296_convert_20181109132511.jpg


IMG_7297_convert_20181109132553.jpg


DSCN1870_convert_20181109132107.jpg


ここには、「鬼神のお松」という美女の盗賊が隠れ住み、旅人から金品を奪っていたという伝説が残っています。

しかし鬼神のお松は、歌舞伎などにも登場する有名な「悪婆」です。
元は深川の遊女で、たまたま拾った亡父の髑髏を抱いて寝るうちに妖艶さを身に付け、「骸骨お松」の異名を持つ評判の芸者になったという人物。
夫の敵討ちやら貞操の危機やら盗賊の首領やら、まあエンタテインメント的な登場人物であり、ここで実際に盗賊をやっていたとは思えません。

ところが鬼神のお松という要素を取り除けば何も残らず、ただ大きな石板がたまたま岩屋になっていた、というだけの話になります。


で、いつもながらふと思い出した類例は、奈良県柳生の「天石立神社」でした。


DSCN2308_convert_20170831102319.jpg


この石板は、謎の直線上に立っている不可解な磐座、つまりご神体です。
巨石信仰の明確な例ともいえます。

ひょっとすると、石ヶ戸もかつて直立していたのでは、などと妄想が膨らみます。

ではなぜその痕跡がないのか。
西暦915年8月17日、先ほどの五色岩火口が噴火し、毛馬内(けまない)火砕流が流れ出ました。
これは過去2千年間に日本で起こった噴火のなかで最大規模であり、半径20km以内のすべてを破壊したとされます。
その衝撃で巨石は倒れ、それを信仰していた人々も死に絶えた・・・・。

うーむ、何の証拠もないのに、妄想が過ぎました(^_-)

しかし、御倉山の南西20㎞程には、縄文時代後期(約4,000年前)の遺跡である大湯環状列石があります。
あるいは人工的なマウンドとも言われるクロマンタ山。

ひょっとすると、ひょっとするかもしれませんね(^_^.)



家計と休日予定を何とかやり繰りし、各地を回っております。ネタも少なくなり、先行きが不安ですが、それぞれクリックしていただくとネタ集めの励みになりますのでよろしくお願いいたします。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村


にほんブログ村


神社・仏閣ランキング

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

フリーエリア