FC2ブログ

記事一覧

機物神社と交野山と巨石磐座信仰

昨年末、大阪府交野市倉治の機物神社(はたものじんじゃ) から見ると、冬至の朝日が交野山に昇るという記事を書きました。

その交野山頂には、観音岩と呼ばれる巨石があり、現地に行くと「交野山古代岩座跡」という石柱が立っています。


IMG_4544_convert_20181104011659.jpg


この巨大な岩は、交野市や枚方市にとどまらす、淀川を渡った高槻市からも遠望できる、古代の神聖な岩でした。

ではまず、麓から見る観音岩をご覧ください。


IMG_4988_convert_20181104012250.jpg


IMG_4843.jpg


IMG_4849_convert_20181104011856.jpg


なんだかマークのようなものが見えるのは梵語で、観音の種字「サ」が刻まれていることから観音岩の名称が起こりました。
原始神道系の古代巨石信仰を、仏教が引き継いだわけですね。


では、実際に登ってみます。

  ☆

山頂からは東側のゴルフ場が近いのですが、関係者以外通行禁止のため、時々離合困難箇所がある県道7号線を上ります。
山間に開けた「いきものふれあいの里」駐車場に車を置き、登山開始です。(ただし4時半に門を閉鎖)

で、山頂近くにあるのが、この三宝荒神社。


IMG_4858_convert_20181104011957.jpg


P1030004.jpg


この辺りも、古い巨石信仰・岩窟信仰の雰囲気が漂います。

さらに進んで、はしごやらロープやらに助けられて、なんとか頂上に到着。


IMG_4877_convert_20181104012055.jpg


IMG_4536_convert_20181104011556.jpg


IMG_4546_convert_20181104011754.jpg


DSCN2946_convert_20181104010858.jpg


DSCN2942_convert_20181104010741.jpg


DSCN2951_convert_20181104011034.jpg


DSCN2947_convert_20181104010947.jpg


巨岩の右側に回ると、大きさがリアルに伝わってきます。


IMG_4521_convert_20181104011211.jpg


IMG_4522_convert_20181104011302.jpg


IMG_4533_convert_20181104011502.jpg


岩面には、一辺が40センチほどの四角い穴が開いていました。
かつてはこの穴の中に、66部の法華経を、金泥のふたをして納めたとされます。

やはりこの岩は神聖な存在だったのでしょう。


IMG_4528_convert_20181104011400.jpg


岩の上からは、はるか大阪市内のビル群と大阪湾、反対側には京都の愛宕山までが見渡せる絶景です。


IMG_4885_convert_20181104012147.jpg


IMG_4932_20181104012702488.jpg


IMG_4516_convert_20181104011122.jpg


最近では夜景を見に来る人もいるとか。
そりゃあこのロケーション、すごい夜景でしょうね。

  ☆

さてこの山には、かつて岩倉開元寺が繁栄していました。
しかし、室町中期までは繁栄を極めたものの、比叡山延暦寺の末寺であったところから、信長の河内平定の際の僧兵攻めで焼失してしまいました。
結局、麓の機物神社の神体山や磐座として現在に至ります。


この機物神社は、秦氏と深い関係がありました。機物のハタとは、秦氏のことなのです。

先日、甘南備山の真北に船岡山が位置することを記事にしました。
日本史における南北ラインというのも、まだ解明されていない謎のひとつでしょうね。

この交野山から真北には、秦氏の本拠地である京都太秦が位置します。
反対の真南には、秦氏の初期の本拠地である奈良県御所市朝妻付近。

やはり交野山の巨石信仰も、実は幾重にも隠された複雑な歴史が潜んでいるように思います。


家計と休日予定を何とかやり繰りし、各地を回っております。ネタも少なくなり、先行きが不安ですが、それぞれクリックしていただくとネタ集めの励みになりますのでよろしくお願いいたします。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村


にほんブログ村


神社・仏閣ランキング

コメント

No title

観音岩の全景がいいアングルで示されていますね。
一見して、基部の岩塊の上にあった岩塊が節理面を境に移動して標柱のある側へ辷り落ちたと判断できます。単なる風化や重力移動では、こうは滑らないので、原因は地震による、飛び上がりと移動でしょうね。地震の前は観音岩の上に2~3層の平らなコアストーンの載った尖塔だったのが、基部だけ残って、上部の岩塊群が標柱付近に飛んで溜まっているようです。観音岩の梵字のある面は残っていますが、龕のある側面は曲面破断して飛び散ったようです。これは周辺を調べて、破片を探さないとなんともいえないが。
 よい写真を見せていただきました。

Re: No title

大阪府北部地震では、淀川沿いの地域が大きな被害を受け、神社の鳥居や灯篭がたくさん落下していました。交野山の岩も、過去の大地震で落下変形したのですね。
もとの「2~3層の平らなコアストーンの載った尖塔」というのがすごく気になります。
いろいろと教えていただき、ありがとうございました。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

フリーエリア