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西日本豪雨・真備町と神社とボランティア

避難指示が出たままの神戸市灘区篠原台に関し、昨日の神戸新聞電子版に次のような記事がありました。

10日には近くの神戸大学の学生らがスコップを手に駆け付けた。ただ、灘区社会福祉協議会はボランティアの受け入れ窓口を設けておらず、担当者は「避難指示がある中、ボランティアを募れないし、活動の指南もできない」と説明する。泥やがれきは人力による撤去が困難で、学生たちは「重機でないと無理。何をしたらいいのか」と途方に暮れる場面もあった。

一刻も早く復旧に手を付けたい住民と、善意のボランティアで駆け付けた神戸大の学生さん、そして、避難指示が出たままの危険地域に、ボランティアを入れることは難しいとする行政、それぞれの立場はよくわかります。みんな一生懸命で頭が下がります。

遠く離れた安全なところから、のんびりしたことを書くのは心苦しいのですが、この神戸大の学生さんたちは、机上の空論や生ぬるい理想論ではない本当の智慧を身に着け、高い防災意識で将来は日本社会の安全に寄与してくれるだろうと思います。


大阪北部地震の後、ラジオでこんな話も聞きました。

震度6弱の地震があった当日関西大学の学生さんたちが、緊急時のスマホ充電サービスをJR高槻駅で始めたのです。

「携帯電話がそもそもあまりつながらない状況で、わざわざスマホ充電なんて必要ないだろ。
どうしても連絡が必要なら、駅前の公衆電話に並んだ方が結局早いと思うけどな。」
私は最初そう思いました。
「もっとほかにすることあるだろうに・・・・」

ところがこの話は、聴覚障害の方から感謝されたという話で締めくくられていました。

なるほど、公衆電話の音声だけでは、連絡ができない方がおられるのです。
「家は亀裂が入って危険。○○小学校の体育館にいる。」
こんなメールが届くか届かないかは、命の危険に関わることさえあります。


さらに本日の毎日新聞電子版には、こんな見出しの記事がありました。

西日本豪雨
弱者が犠牲に 岡山・倉敷の真備町地区


小田川の決壊で二階まで届く浸水の中、半身不随の夫と、夫を懸命に介護していた妻が、ともに一階で亡くなっておられたとか。
自分だけ二階や屋根に避難することも、選択肢としてはあったでしょうに・・・・・。

他にも、この地域では高齢者や障害者の犠牲が多かったそうです。

スマホ充電で活躍した関西大学の学生さんたちも、きっと社会的弱者と災害というテーマの研究で、将来はきっと日本の安全に役立ってくれると思います。



テレビの災害ニュースで絶対届かないものはなにか?

公民館や学校の体育館などで、避難生活をする人々がよく映ります。狭くてプライバシーのない空間は大変だな、食べ物は届いてるのかな、などとみなさん思われるでしょう。しかし絶対に映像では分からないことがあります。
それは「匂い」なのです。

長期間入浴も着替えもできなければ、当然匂いがします。
大きな災害時には、小学校のひとつの教室に10~20人もの方が寝起きしていますから、ムッとする匂いがして当然でしょう。
本来なら絶えず新しい紙おむつが必要な赤ちゃんや高齢者も含まれますから、その現場に行った者は誰でも、何が必要かを実感として理解します。

あるいはトイレの強烈な匂い。
水道が止まれば、当然トイレの水は流れません。何十人、何百人の避難者がいれば、水の流れないトイレから悪臭が漂うのは当たり前です。
給水車が来ても、それは飲み水で消えます。

ではトイレの水はどうすればいいのか?

学校なら、校舎が壊れていない限り、プールに行けば水が溜まっています。とりあえずはコイやメダカのいる観察池から運べば楽です。バケツの水をトイレ前に並べ、自分で使用後に流すのです。

しかし、バケツ満タンでは重くて、お年寄りや病人には持てません。半分くらいの水量にすると、結構な数のバケツが必要ですから、職員室の先生に予備のバケツも提供してもらい、イチゲンさんで飛び込んでくるボランティアには、水運びをお願いすることなども必要になってきます。

なぜこんなことを長々と書くかというと、
「事件は現場で起こっている」
ということなのです。書斎や居間にいてはわからないことがいくつもあると思います。

ですから、良かれと思って全国から送られてくる物資が役に立たず、場所をとって迷惑だったりします。そもそも仕分に人を割けないのです。



学生ボランティアの推進とこれからの災害

韓国の成人男性は、徴兵制で軍隊にいたころの話題が出ると場が盛り上がり、見知らぬ人とも仲良くなると言います。
40㎏の荷物を背負って行軍練習したときの苦労とか、いろいろネタはありそうです。

それに対して日本の若者は、「○○県の時は飲まず食わずでキツかったよな!」などとボランティアの苦労話で盛り上がる、そんな光景は無理なのでしょうか。そうなれば、この国の未来も安心だと思うのは、年寄りの身勝手かな?

「あの激甚災害の地で、そんな活躍した人材なら、入社試験の点数が多少悪くても合格」とか
「避難所で高齢者や障害者のケアをやってた人なら、人間的に安心」
などという社会的評価が定着する社会になれば、「想定外の事態」で右往左往することのない、危機に強い日本社会ができるように思います。

現在、多くの大学でボランティアセンターが立ち上がり、ボランティアサークルも増えて、たくさんの学生さんがボランティアに出るようになっています。
誰かが困っている時には、できる人が、できることをする。それが当たり前になるよう、行政も大学も、さらに丁寧なとりくみを進めてほしいと思っています。


さて、ここしばらく、西日本の災害が続いています。
しかし、遠からず関東や東海地方にも、大きな災害がやってくるでしょう。おそらく、今回の記憶が薄れた頃に、突然。

その時、被災地での実地経験がある人たちが社会の中堅を占めていたら、それぞれが指示待ちではなく自主的に動き、社会的弱者への配慮も含めた行動があちこちで進むと思います。
また逆に、災害地は現在何が必要で何がかえって迷惑なのか、それを推し量る力も、周囲の地域で発揮してくれるでしょう。そして、ボランティアが必要だと判断したら、多くの人が災害地に行くでしょう。

広域災害では、救援の要である市役所や病院に、そもそも職員や医師がたどり着けません。避難所へ行っても、誰も世話をする人がいない可能性も当初はあります。
日本の将来の危機管理は、その現実を身をもって知る若者がどれだけいるかにかかっていると思うのは、私だけでしょうか?

  



神社関係のブログなので、最後に少し。

真備町妹にある穴門山神社の記事は、以前書きました。

IMG_0042_convert_20171031120714[1]


穴門山神社の社殿自体は山の上ですが、この鳥居は平野部にあるので、多分水に浸かったと思います。

下は、倉敷市のハザードマップの一部です。けっこう丁寧に記されています。
横に流れるのが氾濫した小田川で、右端を上下に流れるのが高梁川です。


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実際の浸水域は、このマップ通りだったそうです。


たいへんな人的被害が出ている時に、神社の話題などは二の次、三の次ですが、ブログの性格上すこし触れておきます。

この真備地区には、荒神を祀る神社が十社以上あるようです。荒神信仰は岡山県だけでも二百社程度あるそうですが、真備地区の平野部にある荒神あるいはその他のお社の多くは、今回泥水に飲み込まれたものと推測されます。

そしてこの真備地区の北側に接する地域が、
2018/05/17:石畳神社の巨大な岩塔・高梁川の神を祀る磐座か?
の記事で紹介した、総社市の秦地区です。



洪水と神社

その記事に私は、
高梁川右岸のこの地域は、市役所の『総社市ハザードマップ』を見ると、洪水時は水深5mを越える可能性がある危険地域です。本来は河川敷と繋がった湿地帯のような土地だったのでしょう。
と書きました。

真備地区に隣接する総社市地域でも、洪水時は水深5mを超えるという事実。
私はこの『総社市ハザードマップ』の数字を見て、愕然とした記憶があります。

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塔のような巨岩には、いったい何が祀られているのか、人々は何をこの神に祈っているかが、「水深5m」で理解できました。

それで、下を引用しました。

秦歴史遺産保存協議会様HP 「秦の郷」にはこう書かれています。

石畳神社は、この磐座をヨリシロ(神霊が招き寄せられて乗り移るもの)として祭る。
高梁川は古くから暴れ川として洪水、氾濫を繰り返しており、川の安全を祈願する祭典を行っている。


協議会様のマップです。

hyoushi[1]


神社にお参りして、清浄な気を感じるのが好きな方、個人的な祈願をする方、私たちのように写真を撮って満足する方など、神社に対する姿勢は人それぞれです。
ただ、地域の人々はそのお社にどんな願いをこめていたのか、その背景は何なのか、それを考える事もまた、これからの私たちに必要なのかもしれません。

よく山中に「山神」の碑が立っています。
そこは、かつて村人が実際に山神様に出会った場所だと聞いたことがあります。
そして、この石碑から上は山神様の領分、下は人間の領分という住み分けを示したものでもあると。

むろんその山神とは、木地師やサンカの見誤りだったかもしれません。しかしいずれであれ、漠然と山神を祀るというより、出会った場所だからそこを大切にし、さらにその場所境界にするということは、合理的な判断だったかもしれないのです。

そう考えれば、かつて大地震の断層が現れた場所に地震封じの神社を建てたり、洪水の被害が大きい場所に水神や龍神を封じた神社もたくさんあったはずだと思います。

神社からその土地の過去を学び、それを元に安らかな地域社会の未来に向けて努力し、そのことに対する神の助力を地域共同体みんなで祈る・・・・

そんなことはもはや無理なのかと、ふと考えました。

 ・・・・・・・・ (黙祷)



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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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