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石清水八幡宮と猿田彦神の謎

石清水八幡宮は、京都府八幡市にある神社です。


Ishishimizu Hachimangu Shrine is one of the most famous shrines in Japan.
It is located in Yawata City, Kyoto Prefecture.


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伊勢神宮とともに二所宗廟の1つで、旧社格は官幣大社。極めて格式の高いお社であることはまちがいありません。

また宇佐神宮(大分県宇佐市)鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)とともに日本三大八幡宮のひとつとされます。(最後は筥崎宮との説も)

しかも建造物10棟が国宝に指定されているなど、まさに日本を代表する神社なのです。


  ☆


この石清水八幡宮は、男山の頂上部分にあります。
車道もあるので、境内のすぐ横の駐車場まで行くと楽です。
ゆっくりと参道の古き良き風情を味わいたい方には、いくつかの参道があります。

しかしいちばんのおススメは、ケーブルカーでしょう。
鉄道マニアなら絶対これです。片道一人200円也。


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おけいはんの吊り広告。


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日曜日の午後なのに、乗客は私たち夫婦を入れて4人。
経営は大丈夫かと心配になりますが、まあ「おけいはん(京阪電車)」の会社ですから、そこは安心です。


ケーブル山上駅をおりて、静かな竹林しばらく歩くと、右手に三女神社


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宇佐神宮に近い本社の三女神社は、卑弥呼との関連がうわさされるお社です。こんなところにもあったのかと、驚きました。


さらに進むと、南総門が見えてきました。


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門をくぐると、見事な朱色の社殿が輝いています。


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このお社は、貞観元年(859年)に南都大安寺の僧行教(空海の弟子)が豊前国の宇佐神宮にて受けた「われ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との神託により、翌貞観2年(860年)清和天皇が社殿を造営したのが創建とされます。

もとは宇佐神宮の神様だったわけです。


帰路は表参道から下りました。

途中、これが石清水の名の起こりかと思うような、清冽な水の流れや、小さな滝もありました。暑い夏の日は、涼しく吹き抜ける風が爽やかです。


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  ☆


男山山麓には、磐座がある小さなお社があると聞いていたので、最後に「猿田彦神社」とよばれるお社を探します。

ネットの情報では、道が狭い上に、駐車場もないと聞いていました。
たしかにすれ違えない狭い道路を走った末、なんとか到着。
しかし意外にも1~2台は車が置けるスペースが裏にありました。


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社殿の左右に、磐座が2つ。
右の磐座は、高さが5メートル程度の小山の上にあります。

周囲を見渡すと、ぎっしりと詰まった住宅街にも細かい起伏が認められ、右側の磐座はかつて山の頂上部分だった可能性がありました。

ひょっとすると、石清水八幡宮が鎮座する男山を遥拝する磐座だったのでしょうか。

シンプルな説明板には、こう書かれていました。

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八幡大神を男山に案内したというのです。

「え、なんでここに猿田彦の神が登場するの? あまり関係ないと思うけど・・・」
正直そう思いました。

邇邇芸尊の天孫降臨で、天の八衢(やちまた。道がいくつもに分かれている所)に立って高天原から葦原中国までを照らしていたのが猿田彦の神。
『日本書紀』では、その神の鼻の長さは七咫、背の長さは七尺、目が八咫鏡のように、また赤酸醤(あかかがち)のように照り輝いているという姿で、道案内をします。
しかしここは宇佐の神様で、邇邇芸尊とは関係がありません。

当然石清水八幡宮のホームページにも、猿田彦の神のことなど書いていません。
地元の人が、いつか昔の時代に、そう思い込んだだけなのでしょうね。


  ☆


ところが、帰宅してから調べると、大元の宇佐神宮では、猿田彦神が登場する祭りがあったのです。

以下、宇佐神宮ホームページより。

御神幸祭  
古くは「御祓会」と呼ばれていましたが、今日の「夏越神事(なごしのしんじ)」のことです。上宮での祭典の後、本殿より三所のご神体が三基の神輿(みこし)に乗り境内の頓宮(とんぐう)(御仮屋)までご神幸になります。

行列は、猿田彦を先頭に蝶・鳥・駒(小学生奉仕)の美しい衣装を付けた前陣と、一文字笠に裃(はかま)を着けた供廻の人達と続く、宮司は輿に乗り、道ばやしの太鼓や笛を打鳴しながら300余人が神輿のお供をします。

神社のお祭りのなかでも、ただ神様を称えたり感謝したり祈願したりするだけの簡単なものもあります。しかし御神幸祭は、三所のご神体が移動するという、かなり本格的な祭儀です。
そしてその先頭が猿田彦の神なのですから、かなり重要な役目を担っていることになります。

ここでふと気が付きました。


石清水八幡宮は、宇佐神宮から神様を呼びました。ひょっとすると、この猿田彦神社の位置は、宇佐神宮と石清水八幡宮を結ぶ線上にあるのではないか?

もしそうなら、神様が移動するルート上に猿田彦の神が待っていたことになり、案内したという伝承と見事に辻褄が合うことになります。

あまり期待せず、グーグル地図の上にポイントを打っていきました。

すると、鶴岡八幡宮をも巻き込む重大な事実を発見したのです。

猿田彦と八幡神の間には、あきらかに隠された関係がありました。

(続く)



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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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