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風土記に記された巨大な石神様・厳粛と畏怖の存在感

島根県出雲市坂浦町には、『出雲国風土記』にも記され、現代にいたるまで人々の信仰が続く巨大な石神様が鎮座します。
それは、「立石神社」です。

この場所は、これと言って目印が無い所です。位置的には、一畑薬師の西側約1500m付近を道路地図上で探すとわかりやすいかと思います。

ところでこのブログでは、とりわけ全体像が把握しがたい樹間の巨石・磐座についても、つぎのような注意を払っています。

① 人間を配して大きさの実感が伝わるようにする。
② 視点や角度を変えた写真を何枚も載せる。
③ 太陽光線と陰の部分の明暗が大きすぎる場合、編集時の露出補正で明度の均一化を図る。

この石神様を取り扱ったブログもいくつかありますが、やはり写真には苦労されているようです。
ということで、画像では理解しにくいこの巨石について、少しでも全体把握ができるよう頑張りましたので、ご覧ください。

 ☆

車が2~3台ほどしか置けない、道路際の駐車スペースに駐車します。


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目印はこの看板と、由緒書きを置いた祠のような木製ボックスです。

看板の下に山道が続きますので、それをたどります。


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しばらく降りていくと、うっそうとした樹林の中に、巨岩らしきものが見えてきます。しかしそこはスルーしてなおも進むと、その巨岩群の正面と思しき場所に出ました。


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広場のようなこの場所は、大正時代まで拝殿が建っていたそうです。
さきほど駐車した道路ができる前は、いま歩いてきた山道が生活道路で、人々はこの石神様と拝殿の前を日々通っていたわけです。

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ご神体であり、地元で「立石さん」とよばれるこの巨石群は、3つの巨石から成り、最大のものは、高さ12メートル、幅26メートルにも達します。

現在、ここが聖地であることを示すのは、細い竹に挟まれた御幣と、そこに張られた1mほどの注連縄だけです。


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巨岩の間も、いろいろ複雑に小さな岩があり、なかなかすっきり説明できる形状ではありません。


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案内板には、こう書かれていました。

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立岩神社 (たていわじんじゃ)

ここ立石神社は、大国主命の孫神多伎都比古命(たきつひこのみこと)を御祭神とし、社は無く三つの巨石からなっている。祀られた時代は不明だが雨乞いの神様として知られ、祈祷をしたご幣を持って背後の雲見峠まで行くと必ず雨が降ってきたと伝えられている。

 『出雲国風土記』(七三三年)には「阿遲須枳高日子命(あぢすきたかひこのみこと)の妃、天御梶日女命(あめのみかぢひめのみこと)、多宮村(たくむら)に來坐(きま)して、多伎都比古命を産み給ひき。(中略)謂はゆる石神は、即ち是れ多伎都比古命の御魂なり。旱(ひでり)に當ひて雨を乞ふ時は、必ず零(ふ)らしめたまふ。」とある。

 また『雲陽誌』(一七一七年)には山神「岩の高さ四丈、周二十間、三に分けてあり、いかなる故にや土人御所の立岩といひたてまつるなり。」と記されている。

 雪見峠を越すと、命がこの地へお越しになった時のものとされる牛馬の足跡が残っている。すぐ近くには産湯をつかわれた長なめらの滝(虹ヶ滝)があり、辺りには母子神を祀る祠や同じく宿努(すくぬ)神社がある。また雲見峠の峰続きには神名樋山(かんなびやま)の大船山があり、このあたり一帯が神話の舞台となっている。

 現在この地を立石(たていし)呼ぶが、周囲の庄部(しょうぶ)地区全体の半数が立石姓を名のっている。大正時代には拝殿もあったらしいが、いまは礎石が残っているだけである。かつては「八朔祭」だったが、昨今は九月第一日曜日に、庄部地区の氏子によってお祭りが行われている。

 平成二十四年には、出雲市の地域が誇る観光スポットとして認定を受け、同年には荒神谷博物館による測量調査が行われ、最大高さ十二m、最大幅二六mあることが明らかになった。



立石前の山道が生活道路でもあったころ、このあたりは日当たりもよく、日本海が見えたそうです。ということは、海を行く船からも、この巨大な石神様の巨石が見えた可能性が高いと思います。
日が当たっていると苔の繁茂も少なく、白い巨体が深緑色の山体に浮かぶ、神々しい風景だったように想像します。

風土記に記された石神である以上、これが日本の最も古い原始信仰の姿であることは間違いありません。
日本人は、きらびやかな神社仏閣が建つ前、こんなところを神の依り来る神聖な場だとしていました。しかもその信仰が現代にもなお続いているのです。

皆様が出雲に来られた際、もしお時間が許すようであれば、この石神様が醸し出す一種異様な畏怖感と聖地感を体感しに是非おいでください。私も含めて部外者にご利益はないかもしれませんが、日本の宗教文化のはるかな起源に思いをはせることはできると思います。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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