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佐太大神はペルシアの古代神?・佐太神社の謎にチャレンジ

昨日、潜戸に射す夏至の頃の太陽について書きました。


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その薄暗い洞窟に射す朝日とともに誕生する麻須羅神の御子が「佐太大神」でした。

さらに、麻須羅(マスラ)神は、古代アーリア系遊牧民の神であるミスラ神・ミトラ神ではないのかとも推測しました。名前だけでなく、冬至や夏至などの太陽信仰や洞窟などの要素が似ているのです。



本日は、その佐太大神を祀る「佐太神社」を紹介します。

佐太神社の鎮座地は、島根県松江市鹿島町佐陀宮内。

明らかに神体山を思わせる、秀麗な里山が背後にあります。
「鳥居の上の三角」という公式通りの神体山です。


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そして、三殿並立の珍しい大社造りが威容を誇ります。


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ホームページには、
出雲國二宮と仰がれ、出雲國三大社の一つとして杵築(きずき=出雲大社)、熊野、鎌倉時代においても杵築、日御崎とともに「佐陀大社」と称えられた御社です

とありました。


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境内には、細長い不思議な磐座?が突き刺さっています。何でしょうね。

なんとなく縄文の匂いがします!(^^)!


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これは藻汐祓(もしおばらい)です。

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藻汐祓は、家に悪穢があった時に青竹の筒で海の汐を汲み、ジンバ草を採って身を清める風習とされます。

そして、身を清めた後に当社に参詣することになっているそうです。



さて、ホームページにはさらに、

御本殿三社に十二柱の神々を御祀りしていますが、主祭神 佐太大神は出雲国で最も尊いとされる四大神の内の一柱で猿田彦大神と御同神です。

とあります。

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そういえば、ポスターにも猿田彦大神(佐太の大神)とありました。

ところが、実は額面通りには受け取れないのです。



佐太神社の祭神について、ウィキペディアにはこう書かれています。

従来、当社が「秘説」としてきた主祭神を、明治になって、松江藩から「猿田彦神」と明示せよと指示があった。
折衝の末、「佐太御子大神」と明示することとなった。


「猿田彦神」を祭神としたのは、明治以後にお上の命令でしたことだったのです。
いったいどういうことなのか?

いろいろ調べてみると、こんなことが分かりました。

明治維新時に神祇官の命を受けた松江藩神祠懸により、平田篤胤の古史伝の説に従って祭神を古事記に出てくる猿田彦命(サルタヒコ)と明示するように指示があったそうです。
祭神名を変えろという無茶な話に、神社側は当然拒否。

ところがその報復か、明治5年の新社格制度のもとでは単なる一郷社にしか扱ってもらえないという事態となります。
かつては出雲國二ノ宮、また出雲国三大社の内の一つとして「佐陀大社」として称えられたにもかかわらず・・・・・。

以後、社格の昇進ということが悲願となり、艱難辛苦の末、大正14年にやっと国幣小社に昇格します。
そしてポスターにあったように、佐太大神は猿田彦命と同一視されることになりました。

忖度(迎合)なければ報復人事って、まるで最近のワイドショーのネタではないですか。

合祀であれ神名変更であれ、地元の当事者を無視して権力者が強引に決めるのは、日本の伝統文化にとって良いはずがないと思うのですが・・・・・


ところが、この「佐太神社」に対する弾圧は、過去にもありました。

ここは、かつて出雲大社と出雲の国を二分していたほどの勢力をもち、盛時には神領7千貫・神職224人を有していたとか。
神職224人というのは、ものすごい人数ですね。

ところが太閤検地で領地を減じられ、神職が75人となったのです。

  ☆

一方、現在の佐太神社の祭神はこうなっています。

正殿  佐太御子大神、伊弉諾尊、伊弉冉尊、速玉男命、事解男命の五柱。
北殿  天照大神及び瓊々杵尊の二柱。
南殿  素盞嗚尊及び秘説四柱の計五柱。


この秘説四柱とは、いったいどんな神様なのでしょうか。
じつは、ご神職に聞いても教えてもらえないと言います。謎の祭神です。

そもそも明治になって、松江藩から指示があった時、神社側が「秘説」としてきた主祭神を、「猿田彦神」と明示せよと圧力をかけたのですから、ここに何かのヒントがありそうです。

しかしいずれにせよ、この「秘説四柱」には何らかの表に出せない事実があるのでしょう。
天照大神はここの出だとか、祭神はリアルな性器神だとか、なにか理由はあるのでしょうが、本当はいったい何なのでしょう。

で、以下は私の妄想的推理です。

  ☆

佐太大神の父である麻須羅(マスラ)神が、古代アーリア系遊牧民の神であるミスラ神・ミトラ神ではないかと推測しました。
正直これだけでも現実性は低いのですが、さらにもう一つ。

「佐太=サダ」という名前は古代ペルシアの「ヤザタ神群」からきているのではないか、という可能性です。

「ウィキペディア」には、

ヤザタ (Yazata) とは、ゾロアスター教において崇拝される、中級の善神の総称。

とあります。

しかし『ヤザタ神(ヤザタ神群)』と呼ばれる一群の神々は、ゾロアスター教以前から信仰されていた一般的な土着の神々・天使であり、ミトラ神(ミスラ神)もこのヤザタ神群の一員とされます。

具体的には、火の神アータル、水の神アナーヒター、植物の神ハオマ、契約の神ミトラ(ミスラ)、公正の神ラシュヌ、勝利の神ヴルスラグナなどがいました。

聞いたことないなあと言われそうですが、アナーヒターは巡り巡って最後に日本の弁財天となり、「弥勒菩薩」のミロクについては、ミスラがミフルと転訛。さらにミクル→ミルクル→ミルクとなり、最終的に「ミロク」と呼ばれ、漢字に翻訳されて「弥勒」となったとされます。

キリスト教のクリスマスが、実はミトラ教の冬至祭儀を土台にしているように、イスラム教や仏教にも影響は広く及んでいます。

また12世紀以降の中央アジアと中国では、東方ミトラ教ミーフリーヤ派(弥勒派)が活発な活動をし、彼らから朱子は東方ミトラ教を学んで「朱子学」を興し、後には王陽明が「陽明学」を築きました。東方ミトラ教は別名を「明教」と呼びますが。それが中国の明王朝の由来となったそうです。

いずれにせよどこを経由しているか、表面上どんな名前がついているかの違いはあれ、ミトラ教の祭儀や思想は事実上日本にまで届いています。

ただし、392年にテオドシウス帝が異教崇拝を禁じて『キリスト教の国教化』を宣言したため、ローマ帝国の異教・異端信仰となったミトラ教は弾圧されて、次第に影響力を失っていきました。

私たち日本人は、アメリカを除くと価値観の座標軸が近代ヨーロッパにあるため、キリスト教以前の古代宗教を意図せずとも意識から排除しているのでしょうね。

 
 ☆


というわけで、ひょっとすると佐太神社に関する壮大な神話には、古代ペルシアの神がひそかに入っているのではないか、そしてそのために神名を公表できず、権力の嫌がらせを受けるのではないかという妄想的推理でした。

その推理はあまりにひどいという抗議を受けたらどうするかって?

圧力があれば、当然ながら毅然とした態度で・・・・こっそり記事末梢でんがな(T_T)/~~~
世の中忖度忖度、ほんまやでしかし!



なお、猿田彦命の神様の名誉のために一言。

三重県鈴鹿市山本町に鎮座する椿大神社は、猿田彦大神を祀る全国二千余社の本宮として、「地祇猿田彦大本宮」と呼ばれる立派な古社です。

背後の神体山には、日本で最も美しく壮大だと言われる三角形の磐座などがあり、佐太神社と同じく自然信仰や原始信仰の聖地であることは間違いありません。

いずれ記事にしますが、素晴らしいお社です。境内の「気」があきらかに街中と違います。

頼まれもしないのに、元々無関係な猿田彦の神様を佐太神社に押し付けた明治政府や島根県の当局者の横暴に、猿田彦の神様自身も怒っておられたでしょう。
しかし、椿大神社の山奥に住まう?猿田彦神も、もはや佐太神社への出張に慣れ親しでおられるでしょうから、佐太神社のお参りも、きっとご利益ばっちりだと思います。深山の磐座を自由に飛び周る神様ですからね(^_^)/~

さて、佐太神社の裏の山(三笠山)を登っていくと、古式の磐座がありました。

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母儀人基社(はぎのひともとしゃ)」とよばれ、中世より、イザナミの神陵(御墓)を遷し祀った神社と云い伝えられています。

均整のとれた神体山と、古式ゆかしい磐座。

まさに日本の神道の伝統がここにありました。

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また、佐太神社側を北に少し行くと境外社の田中神社があり、ここは全国でも珍しい「縁切り」の神社です。悪縁を断ち切れない方も参拝してくださいね。



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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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