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瀬織津姫の壮大な磐座・天照大神は男神で、その后神を祀るのか?

天照大神は男神だという話はよく聞きます。

例えば平安時代、大江匡房は『江家次第』で伊勢神宮に奉納する天照大神の装束一式が男性用の衣装であるとし、江戸時代の伊勢外宮の神官度会延経は
「之ヲ見レバ、天照大神ハ実ハ男神ノコト明ラカナリ」
と記しています。

また京都祇園祭の岩戸山の御神体は伊弉諾命・手力男命・天照大神ですが、すべて男性の姿なのです。

では、本来男神たる天照大神が、なぜ女性とされたのか。

天照大神を祀る巫女の姿が反映したとか、藤原不比等が女性が天皇に即位できるように記紀を作り替えたとか、その理由についてはいろいろあるようです。


そんな説が昔からあるという前提で、次の文をお読みください。



天照大神は、本来は男神です。天照大神を女神にし、日本神話改変を実行した勢力は、早ければ神功皇后の御代に、天照大神の后神で天忍穂耳命の母神である瀬織津姫を神話の史実から除外し、8世紀初頭に完成した『記紀』神話から消し去ったのです
(六甲山 瀬織津姫・白山姫  和す・尽くす トノヲシテの復活!)より

なんか穏やかではないですね。これが事実なら、日本神話は大きく歪曲されていることになります。


さて、この瀬織津姫を祀る六甲比命大善神社には、驚くべき磐座がありました。それを紹介します。


 ☆


神戸の背後にそびえる六甲山。その山頂から西南2kmほどのところに、六甲山カンツリーハウスがあります。ここに駐車して山道を登ると、巨石と祭祀石造物がありました。


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ところが周囲を見ると、この岩から下に、累々と巨石が続いています。


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えっ、六甲山にこんなすごい巨石地帯があったかな?・・・・と驚くほどの規模なのです。
何か巨石信仰の遺跡はないかと、かすかな踏み跡を頼りに、巨石群の下へ下へと下りました。

しばらくすると、道なき道の急斜面になってきました。
不安になってきたころ、眼下に屋根が見えます。何かの祠のような建物です。
これで正規の山道に戻れると思い、正直ほっとしました。


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ずるずると斜面を滑りながら降り立ったのが、この拝殿です。


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巨岩の窪みを祀っていました。

たまたまそこにおられた男性に
「ここはどなたをお祀りしておられるのですか?」
と聞くと、
「瀬織津姫です。」という答えが返ってきました。

急崖に造られた拝殿でした。


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事前に「心経岩」という岩がこの辺りにあると聞いていたので、この男性に道を教えてもらって降りると、「心経岩」の手前にものすごい岩が。


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巨大な磐座を何度も紹介してきましたが、さすがに唖然としました。岩壁だけではなく、その上から庇のように突き出した巨岩が何とも荘厳で神秘的です。


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ここは、本来男神たる天照大神の妻であり、正史から抹殺された瀬織津姫が降臨された場所なのでしょうか。

畏怖感と荘厳、そして神秘的という、圧倒的な存在感の磐座でした。


なお元々の目的地である「心経岩」は、不思議な形状の巨岩に、般若心経が後世刻まれたものでした。


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コメント

No title

六甲といえば楢崎皐月がカタカムナ文献を写したという話がありますね。

Re: No title

> 六甲といえば楢崎皐月がカタカムナ文献を写したという話がありますね。

カタカムナ文献については、取り扱いが難しいですね。磐座研究者の中でも理論派の方なら、蘆有三や平十字の実在性をどう証明できるのか、あるいは高度な文化を証明する考古学的遺物はどこにあるのか、などのややこしい議論になったりします。
しかし六甲巨石文化というのは、確実に知られざる古代文化の匂いがしますから、いろいろな仮説体系の検証は必要だと思っています。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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