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浦島太郎とは何者?・荘内半島を探検しました

美空ひばりの歌より、宇多田ヒカルの歌より、EXILEの歌より国民的名曲な歌はコレ。

昔々浦島は
助けた亀に連れられて
竜宮城へ来て見れば
絵にもかけない美しさ ♪


そう、昔懐かし文部省唱歌 「浦島太郎」ですね(^_^)/~

香川県の庄内半島は、その浦島太郎の伝説が色濃く残る地です。

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まず地名から。

生里(なまり)・・・ 與作という人がおしもさんという美しい娘を嫁にもらって住んでいた所。二人の間に生まれた男の子が浦島太郎である。太郎の生まれた里で「生里」。

浦島(うらしま)・・・大浜浦、積浦、生里浦、箱浦、香田浦、家の浦、粟島の七つの地区を総称して「浦島」という。

鴨之越(かものこし)・・・ 太郎がいじめられている亀を助けた浜辺。

箱(はこ)・・・ 太郎が玉手箱を開けた場所。太郎親子の墓もある。

積(つむ)・・・ 宝物を積んだ太郎が竜宮城から乙姫に送られて帰り着いたとされる場所。

糸ノ越(いとのこし)・・・ 太郎が箱から釣糸をもって室浜へ通った所で、太郎の休んだ腰掛石もある。

室浜(むろはま)・・・ 太郎が竜宮から帰ってからの2、3年釣りをしていた所。。

紫雲出山(しうでやま)・・・ 太郎が開けた玉手箱から出た白煙が紫の雲となって、この山にたなびいたためについた山名。

金輪の鼻(かなわのはな)・・・ 竜宮城で歓待を受けた後、積まで乙姫様に送ってもらった。積の海岸で別れを惜しみ、浦島太郎と堅い握手を交わした際に乙姫様が金の腕輪を落としたことから金輪の鼻と呼ばれている。
上天(じょうてん)・・・ 紫雲出山の中腹にあり、太郎が昇天した場所と言われている。山頂の竜王社では旧3月15日に例祭があり、積の人たちによってお弁当の接待がされていた。




では、現地の写真をいくつか。

まずは、「箱」の漁港と海岸。

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次は、浦島太郎がいじめられていた亀を助けたといわれている鴨之越の浜。


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写真に写っている建物は、対岸の丸山島に鎮座する「浦島神社」です。
干潮時には、対岸の丸山島に歩いて渡ることができます。

浦島太郎はここで子供にいじめられている亀を助け、弱り切っていた亀に「きびの酒」を飲ませ、海に放してやったのだとか。

手前の堤防上にあるのは、ご丁寧にも浦島太郎が亀に乗った像です。


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公衆トイレも竜宮仕様です。


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浦島伝説の分布

ところでこの伝説は、『日本書紀』、『万葉集』、『丹波国風土記逸文』に出てくる「浦島子伝説」が原話とされます。ただしそれらは名称や設定が異なり、恩返しがなく、行き先も「竜宮」ならぬ「蓬莱」であり、異郷淹留譚(仙境淹留譚)に分類されるそうです。

そして日本各地に、浦島太郎がいたと伝える伝承や縁起譚があります。その数なんと116ヶ所もあるとか。
ものすごい数ですね。

海岸沿いばかりだと思ってたら、長野県木曽郡上松町の名勝、寝覚の床(ねざめのとこ)にもありました。

臨川寺に伝わる『寝覚浦嶋寺略縁起』によれば、浦島太郎は竜宮城から玉手箱と弁財天像と万宝神書をもらって遍歴し、木曽川の渓谷が美しいこの里にたどり着きました。
そしてこの地で里人に竜宮の話をするうち玉手箱を開けてしまい、300年の老人と化してしまったのです。時は天慶元年(938年)。



実は、国内だけではありません。
『拾遺記』という、4世紀末から5世紀初めに書かれた中国の書物にこんな話が。

若い漁師が女性(実は龍女)を助け、彼女に案内されて洞庭湖の湖底にある龍宮に行くのです。その後の展開は日本の浦島太郎伝説に似ていて、「私に会いたくなったら、これに向かって私の名前を呼びなさい。でも決して開けてはいけない」と渡された手箱を開けてしまい、この漁師は死んでしまいます。


『日本書紀』や『丹後国風土記』よりこの書物の成立年代が古い上、日本の浦島伝説には、「蓬莱山」、「仙都」、「神仙の堺」など、中国の神仙説話から影響を受けたことを示す言葉が使われているため、起源は中国の洞庭湖周辺とも言われます。


まだあります。

アイルランドには、オシーンが海の乙女ニアヴに誘われて「常若の国(ティル・ナ・ノーグ)」で何百年かを過ごすという物語があるとか。

フランスには、騎士が理想郷から故郷へ戻ったら、既に300年経っていたという話があります。ただし玉手箱ではなく、リンゴを食べて老人になってしまったとか。


さらにこんな話も。

2000年9月14日放送、フジテレビの「奇跡体験!アンビリーバボー」では、浦島伝説は、日本から南東へ3700キロ離れたところにあるミクロネシアのポナペ島に潮流で漂着して、そこから帰還した漁師の体験が元になった話だという説を放送したそうです。

ポナペ島にも浦島伝説類似の話があり、海底の強い磁場を取り囲むように、高さ5mほどの丸い石柱19本が海底に建てられており、海底都市の遺跡とも。


これだけいろいろあると、もはや伝承ルートを推理する気にはなりません。

そこで、どこに根付いても不思議ではない浦島伝説が、ある地域に深く根を下した背景を考えてみます。

《浦島太郎の仮説》

海の彼方に、常世の国や蓬莱やニライなど、神霊の聖地や理想郷があるという海人系の信仰が深く根付いている地域だからこそ、浦島太郎伝説がリアルさを持って受け入れられたのではないか

このことを少し考えてみます。



丹後半島に伝わる浦島伝説と立神

日本で最も古いとされる、京都府伊根町の丹後半島に伝わる浦島伝説。

ここには浦嶋神社があります。

この社殿から振り返り、入り口の鳥居方向を写した写真がこれです。

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きれいな三角形で、神体山として申し分のない姿です。



さて、港の近くにある、とがった岩や三角形の岩山を「立神」として信仰する民俗は、日本各地に見られます。

その見事な例が、鹿児島県南さつま市、野間半島の付け根にある「野間池の立神」です。


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田村勇氏は、『海の民俗』(雄山閣)の中で、

「立神は神の降臨する聖なる岩島であり、神そのものであった。」

と書かれています。

海岸線付近にある三角形の島や山は、海の彼方から来る神霊の依り代でした。
浦嶋神社の位置も、少し海岸線から奥にあるものの、神を迎える聖地だったのではなかったのかと推測します。

つまり、浦島太郎は海との直接的な関係というイメージしかありませんが、常世であれ竜宮であれ、海の彼方からその神が来臨される山や岩がある場だからこそ、浦島太郎伝という不思議な伝説が深く根を下ろしたのではないのか。

そしてその関係性は、海人系の人々の移動により、内陸部でも深く青い大河のほとりで根付きました。

このパターンは浦島伝説だけではありません。

下は、浦嶋神社から南南東6㎞にある新井崎神社。その海中にある箱岩は、秦徐福が渡来したとされる伝説の岩です。

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しかし、日本海の荒波を直接受けるこんな岩石海岸に、大船を接岸できるはずもないでしょう。岩石に乗り上げ、上陸寸前に難破してしまいます。安全に接岸できる内海や港は周辺にいくつもあるのに。

浦島伝説と同じで、海の彼方から来臨する神の信仰に、後世徐福伝説が乗っかったものでしょうね。




ではその観点でもう一度、庄内半島に戻ります。




庄内半島に神の依りつく場はあるのか?


下は、箱崎の港に隣接する海岸です。

川原石を巨大化したような丸石に、しばしば神霊が依りつくことを考えれば、この岩などは何かありそうです。


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遠くの山から見ると、こんな感じ。


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しかし、ここには祠ひとつありません。さらに探すと、いかにもという小丘が岬の先端にありました。


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ここも望遠で上から見ると。


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何かあるならここではないかと登って行きます。

小さな社殿が一つ。特に変わった所はありません。蛭子神を祀っているようでした。


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しかし念のため背後に回ってみると・・・・

ありました。
奇妙な形の岩が祀られています。磐座でしょう。

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社殿背後に接しているのだから、間違いなく、これが本来のご神体です。



もちろんここが浦島太郎と関係があるかどうかは不明です。しかし岬の先端に珍しい形状の磐座があり、漂着伝承を持つ蛭子命が祀られていることは重要です。



ところで荘内半島には、さらにもう一ヶ所、忘れてはならない場所がありました。。
玉手箱の煙から名前がついたという「紫雲出山」です。

なんとも謎めいた、ロマンいっぱいの名前ですね。

ここには無数の磐座と、弥生遺跡がありました。

(続く)


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コメント

荘内半島

讃岐が故郷なので懐かしく読みました。昔ここの老人が
浦島太郎のコスチュームで生活していて、徳島県の日和佐が海亀の産卵で有名で、ミス日和佐を竜宮城の乙姫様にして予讃線高徳線牟岐線経由で浦島太郎の竜宮城を訪ねたパフォーマンスがありました。

Re: 荘内半島

ひょうひゃく様

コメントありがとうございます。

讃岐は今に続く文化遺産・歴史遺産が濃密にあって、とてもいいところですね。
昭和23年頃から、浦島太郎第三十何代と称している方がおられると聞きましたが、浦島太郎のコスチュームで生活しているというのは本格的ですね。乙姫様が日和佐出身というのも微笑ましい限りです。

讃岐の記事はこれからも書きますので、地元ならではの情報やご指摘がありましたら、今後ともよろしくお願いいたします。

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プロフィール

sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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