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凛とした品格と存在美の摩氣神社 Make shrine with beautiful moss green

摩氣神社(まけじんじゃ)は、京都府南丹市園部町竹井字宮ノ谷、胎金寺山の北麓に鎮座する古社です。

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篠山街道沿いに広がる周辺集落共通の氏神として「摩気郷十一ヶ村の総鎮守」と称されます。また『延喜式神名帳』には「丹波国船井郡 麻気神社」と記載され、名神大社に列しています。

社殿自体は江戸時代の再建で、特に際立った豪華さや重厚感、あるいは名彫刻などがあるわけでもないのに、なぜか訪れた人の心が魅了される、飾らない美しさの境内をご覧ください。

まず鳥居と神門。


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狛犬さんです。


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次は、旧拝殿の絵馬舎と本殿。
ところどころに雪の残る極寒の二月でしたが、心安らぐ屋根のモスグリーンが鮮やかです。


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本殿は一間社流れ造りで府内最大。茅葺の覆屋を含めて京都府指定文化財です。
覆屋はしばしば機能本位で異質なものが見られますが、ここは覆屋自体も美しいのです。


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境内社も。


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サイドから。

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祭神は大御饌津彦命で、農業と食物の神です。祭神の「ミケ」が転訛し「マケ」となったとされます。


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裏手は谷地となっており、先は谷に消えています。なんだか不思議な光景でした。
真南は胎金寺山で、神体山なのでしょうね。


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ここはその素朴な美しさ故、水戸黄門をはじめ、時代劇のロケ地としてたびたび利用されてきたお社です。
余計なもののない伝統美が写真で伝わったでしょうか。


しかしここは、見かけだけが素朴な伝統美だというわけではありません。祭式のスタイルもまた、かなり伝統的なのです。その理由を簡単に列挙します。

・氏子各集落では「宮衆」などと呼ばれる宮座が組織されるとともに、旧摩気村の特定の6家から1名の宮主が選ばれ、任期の6年間はその任を勤める。

・かつては巫女による神楽が奉奏されていた

・お田植祭では、先ず神饌とともに粽を供えて祝詞を奏上し、その後拝殿に据えられた太鼓を取り囲む形で藍染めの木綿の絣を着した早乙女が輪になり、太鼓の拍子と歌に合わせて「お田植え踊り」を踊る。

・一人角力では、稲霊である摩氣の神と勝負し、わざと投げ飛ばされたように転がって神を慰め、五穀の豊饒を祈る。

・社殿の西側、小川の横に立石が二つある。(下の写真)



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近隣の「蛭子神社」にも複数の磐座が祀られており、近くを流れる園部川流域と本梅川流域の神社にも磐座が多数存在することを考慮すれば、二つの立石は古来の磐座だと思われます。


  ☆


ところで、この地には、こんな話があるそうです。

日露戦争の時、ある日本兵が本隊とはぐれ、満州の戦場に飢餓状態でさまよっていたところ、夢の中に白髪白衣の老人が現われ、一椀の粥を与えて帰路を示したおかけで助かったとか。兵士が老人の名を尋ねると「我は丹波北向きの神なり」と答えて姿を消しましたが、丹波地方で社殿が北向きなのは、この摩気神社ただ一つなんだそうです。

このような話が伝わる背景には、「なるほど、摩氣神社の神様ならありうるな」という信仰心が広く行き渡った風土があるのでしょうね。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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