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霊巌寺(広川)・奇岩怪石の幽仙境

稲むらの火」という逸話があります。安政地震の時、暗闇でさまよう人のために、丘の稲むらに火をつけて非難の目印とし、津波から村人を守ったという話です。

この逸話の舞台は、和歌山県広川町。海沿いの狭い平野部は、幅1~2kmしかなく、すぐに急な山地に入ります。

その山地のひとつ、海抜450mの霊巌寺山にあるのが、霊巌寺です。
石灰岩の奇巖怪石に囲まれた、文字どおりの幽仙境で、南北朝時代、円勝法師が佗行し、のち本尊観世音像を祀り栄えました。現在は石造りの不動明王をお祀りし、毎月28日は縁日、1月28日は護摩供養が行われて賑わいます。

この霊巌寺へは、湯浅御坊道路の広川インターから霊巌寺スカイラインと呼ばれる山道を20分ほど走ると到着です。
さらにその奥には、熊野の山々が果てしなく続いています。

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山上駐車場から霊巌寺へ向かう途中に、石灰岩の奇妙な岩が見え始めます。

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このあたりから、少し谷間を下りると、霊巌寺が見えました。

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どうも、この縦に開いた岩の割れ目が、いちばん神聖な場所らしいですね。七尋石などと同じ縦の亀裂です。

屋根や棚のように、人工的に岩板がはめ込まれています。

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岩の見えない青々とした山並みの中に、不思議な岩肌を見つけた円勝法師が、霊地として祀ったのでしょうね。

ところで「稲むらの火」に火をつける決断をした濱ロ梧陵という人は、醤油醸造業を営む濱口儀兵衛家(現・ヤマサ醤油)当主でした。

このあたりの国道42号線沿いには、今でも醤油の店がいくつか見られます。

広川町と湯浅町で生産される醤油。
その起源については、1258年(正嘉2年)に由良の興国寺開山・心地覚心が、中国から径山寺( きんざんじ)味噌の醸造法を習って帰国したことに始まるとされます。その味噌に沈殿した液からしょうゆをつくるようになったというのです。

「2018/02/10付 源実朝の遙かなる夢 ・ 実朝暗殺と興国寺」
で記事にしたように、心地覚心は源実朝を弔う願性(葛山景倫)と深くかかわる人物でした。

源実朝とこの地方の醤油製造。歴史はいろいろな縁が絡み合っているのですね。


下は、創業天保十二年の「角長」さんです。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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