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枚方市 三之宮神社・大阪城の鬼門を守る巨石神

枚方市穂谷に鎮座する三之宮神社の紹介です。(枚方市穂谷2丁目7番1号 京阪バス三之宮神社下車)

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三之宮神社の歴史は極めて古く、当社の社記にはこう記されています。

神功皇后が西暦209年(神功皇后9年)秋、朝鮮出兵の時当地を通られたが、山が深く谷も険しくて難路であったため、天神地祇にご祈願されたところ、神様が現れ「難路故各所二物ヲ置キ導キ奉ラント告ゲ給ウ」とのお告げがあり、行軍の先々に白幣を竹筒に挟んだものを所々に置き道案内をした。そして「皇后ニ軍謀秘策ヲ告ゲ給ウ」とし、その後皇后は無事に凱旋できたことを喜ばれて幣白を寄進された。その後仁徳天皇29年(西暦341年)春、額田大中彦皇子に社殿の創建を命じられた。

その後、慶長年間に大阪城の鬼門除けとして豊臣秀頼によって再興され、息筒大明神・屋形大明神・住吉大明神などと呼ばれたそうです。
また祭式は厳粛に行われ、かつては古軒と言われる氏子139軒の古軒者は、裃帯刀で拝殿に着座して祭祀を行っていたといいますから、相当格式が高そうですね。

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さてこのお社は、穂谷川の源流沿いに鎮座。すぐ横は谷川です。

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拝殿の左に回ると、注連縄がかけられた高さ1メートル程度の立石がありました。

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三之宮神社は雨乞いの神様としても名高く、雨乞いの際、近郷五ヶ村の氏神に祈っても効果の無い場合は、村民がそろって太鼓や鐘を鳴らしながら神社に入り、御神体のひとつであるこの石を穂谷川に投げ落として祈願したのです。
神社内にある多くの石灯籠は、そのお礼に奉納されたものだそうです。

ご神体を投げ込むとはひどいと思われるでしょうが、このような民俗は広く行われていました。私が知っている例では、信州で「薬師如来を水に投げ込む」なんて恐ろしい例もあります((@_@;)


さて、本殿の裏に回ると、玉垣で囲まれた中に大きな石が2個鎮座しています。これは本殿の外に位置する御神体です。神様が降臨され、聖なる岩として祭祀が行われる磐座(いわくら)なのです。


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断面が三角形の柱なので、屋根に見立てて「屋形石」と呼ばれています。「三之宮屋形大明神」の名称はここからきているわけですね。


周辺の開発が進む前、一帯が森林であったころは、豊かな水が流れる、美しい谷だったと思います。

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岩の周囲には、おそらくいろいろな祭祀遺物が埋まっているのでしょう。もろんご神体のため、発掘されることはありません。

最後に大事なことを一つ。

『三之宮神社由緒書』には、こう書かれています。

過去にこの「屋形石」を成分分析した結果、穂谷付近の岩石ではないと判明している。

長い間、「特に大きな磐座は、元々そこにある威風堂々たる岩や神気ある奇岩をみつけ、注連縄を張って信仰した」と考えられてきました。しかしその土地の岩でないものが、遠くから運ばれてきたという例がいくつも出ています。そこには、現代の私たちが気づいていない信仰思想や、高度な運搬技術の存在など、さまざまな謎が秘められていそうです。



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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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