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白浜 三段壁・荒々しい景観と千古の神秘

和歌山県の温泉と言えば、まず白浜。その白浜で雄大な景観と言えば、まず三段壁でしょう。(もちろん諸説あります(^_^)/~)

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三段壁は、高さ50メートルの岸壁が南北に2キロメートルも続いています。
ここは昔漁師たちが、船の動向や魚の群れを見つけるのに使われた「見壇」と呼ばれる場所で、今は展望台ができて雄大な太平洋を眺めることができます。

この展望台の直下に三段壁洞窟が口を開けているのですが、観光エレベーターでいっきに36メートル下り、探索することができます。

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海蝕洞窟に、熊野灘から押し寄せた波が砕け散るさまは迫力満点。荒々しい波の音が響き渡ります。

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ここは、左右に十六童子を従えた「牟婁大弁財天(むろだいべんざいてん)」です。
水の神ともいわれ、幸福や子孫をもたらす神として崇められています。

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ここ三段壁洞窟は、勇猛果敢をうたわれた熊野水軍の舟隠し場でした。
下は、再現された番所小屋です。

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船は、結構大きいものもありました。

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当時の標準から言えば、「大和」「武蔵」クラスの巨艦ですね\(^o^)/


熊野水軍は源氏と平家の時代、紀伊半島南東部、熊野灘、枯木灘に面した地域を拠点とした水軍です。瀬戸内海の制海権を握り、治承・寿永の乱(源平合戦)で活躍した事で知られています。

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熊野水軍を統率していた熊野別当湛増は、元々平家方として知られていました。しかし我が子弁慶の要請もあり、どちらに加勢すべきか迷っていたと言われます。
そこで田辺の宮の神前で、紅の鶏を平家、白の鶏を源氏とみて七番の闘鶏を行い、神意を占いました。 結果は七番とも白鶏の一方的な勝利。これにより湛増は、神は源氏につけとのお示しと拝受し、熊野水軍に源氏方への加勢を呼びかけます。

そして直ちに総勢二千余名が二百隻の船に分乗、源平両軍が対峠する屋島ノ浦に向かって出発しました。

壇ノ浦では両軍が、姿をあらわした大船団を見つけ、敵か見方かとはらはらしながら見守っています。そしてここぞという時、湛増は船上に仁王立ちになり、大音声で叫びます。

「紀国熊野新宮に仕え奉る七代の熊野別当湛増、神威を奉じて源氏の軍に馳せ参じ申しました。率いるは熊野水軍二千余名、船艘二百。 いざ、熊野水軍の力のほどをお目に掛けよう」

それを聞いた源氏軍は安堵の大歓声。そしてこの時点で平家の滅亡が決まりました。
「講釈師、見てきたように・・・・」の類ですが、湛増が源氏方について、勝敗が決したというのは事実のようです。

やはり餅は餅屋、水上戦は水軍ですね!(^^)!


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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