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はるばる壱岐から京都に来られた月の神様

蚕の社の太陽神は、伊勢神宮の天照大神とは別系統の太陽神でした。
同じように、『古事記』『日本書紀』の神話において、天照大神の兄弟神として知られる月読尊とは別系統の月神を祀るのが、松尾大社摂社の月読神社(つきよみじんじゃ)です。

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海人の壱岐氏(いきうじ)によって祀られた月神(海の干満を司る神)と推定されますから、はるばる壱岐島から海を渡ってここまで来られたことになります。

京都市西京区松室山添町に鎮座。かつては式内名神大社という社格を誇っていました。当時は稲荷や貴船よりもはるかに高位だったと言います。しかし現在は松尾大社摂社で、松尾大社の南400メートルの地にひっそりとたたずんでいます。

狭い境内ですが、いくつか印象に残るものがありました。

まず、絶えることのない霊水・解穢の水です。ちょっと怪しい方は、まずここで心身を清めてから出直しですね(ー_ー)!!

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願掛け陰陽石は、縁結びなどにもよさそうです。

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由緒不明の立石です。ひょっとすると、ここに月読の神様が降臨したのか?

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「月延石(つきのべいし)」は「安産石」とも呼ばれ、安産の神として信仰されています。『雍州府志』所載の伝説では、この石は元は筑紫にあり、神功皇后が応神天皇を産む際にこの石で腹を撫でて安産し、のち舒明天皇の時に月読神社に奉納されたと伝えられます。

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それにしても、私が悪ガキのころ・・・じゃなくてご幼少のころは、白い丸石なんて見かけなかった記憶があります。伝統的に見えても、意外に変遷や流行があるのかな(?_?)



紅葉の盛りに撮った写真です。

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それにしても、神様は壱岐から、月延石は筑紫からというのは、正直驚きです。
神様や岩を運び、周辺に定着して奉斎した人々がいたということですね。その昔、このあたりは壱岐や筑紫の方言が飛び交う地だったのでしょうか。

月読神社の創建は、顕宗3年(487年)だそうです。平安遷都が794年、大化の改新が645年なので、ここの起源は相当に古いようですね。


さて、おまけの写真は、自動販売機です。

このデザイン、なかなか、景観への配慮があります。オール100円で財布にも配慮があれば最高なのですが・・・

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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