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太秦の謎めいた神社・木嶋坐天照御魂神社

昨日記事にした、太秦広隆寺。

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その真東、距離にして500mほどに位置するのが、「蚕の社」です。
正式名は木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)ですが、こんな長い名前を地元の人は使いません。あくまでも「かいこのやしろ」と言わないと、道を聞いても通じないでしょうね。


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この神社名は「木嶋という場所に鎮座する天照御魂神の社」という意味で、伊勢の天照大神とは別系統の太陽神です。
実はこのお社、松尾大社の磐座と、比叡山頂四明岳を結ぶ線上にあります。松尾大社付近からは、比叡山は夏至の朝日の昇る山です。




また以前にも書いたように、松尾の神と比叡山の神はともに大山咋神。そしてこのライン上には、下鴨神社の本殿背後も入ります。鴨(賀茂)と松尾は神話伝承上では親族関係。両社が「賀茂の厳神、松尾の猛神」と並び称され、その上どちらのご神紋も『ふたば葵』というのは、密接な関係の証しでしょう。

さらに境内の北西隅には「元糺の池(もとただすのいけ)」と「元糺の森」があり、下鴨神社の森が「糺の森」と呼ばれるようになる以前、元々は木嶋社の社叢が「糺の森」と呼ばれていたと言われます。

松尾、鴨(賀茂)、そして蚕の社という、京都盆地で最古級の神社が絡むこのラインは、おそらく平安京以前からあった古い信仰、おそらくは太陽信仰を、秦氏が加茂氏とともに受け継いだものと考えられます。


ここでとりわけ注目されるのが、蚕の社の「三柱鳥居」です。

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キリスト教ネストリウス派の景教の遺跡とする説もあったようですが、大和岩雄氏の説がよく知られているようです。それは、この三柱鳥居を交点に、比叡山・稲荷山・愛宕山・松尾山にかかる冬至・夏至日の出遙拝線が交差し、それぞれが秦氏に所縁の深い地であるというものです。

下は広隆寺付近から見る比叡山。

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松尾大社付近から見る比叡山はこれ。

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比叡山より少し高いのが下の愛宕山。嵐山から見た山容です。

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文献史学の大和氏ですが、ことこの三柱鳥居については、昭和50年代に現地に来られて調査をされています。今と違って、誰でも三柱鳥居に入れた時期でした。朝鮮半島の日光感精型の信仰に基づく太陽神であるかどうかは別にして、京都盆地の古代信仰の要の位置にあるのが、この蚕の社だと私は思います。

かつては伏見稲荷大社や石清水八幡宮と同じくらい参拝者がいたと古い文献に伝えられますが、今ではひっそりとした佇まいでほとんど人に会いません。
皆様、謎めいたこのお社も、太秦に来られたら必見ですね(^_^)/~


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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