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昭和の巨匠 重森三玲の遺作「四神相応の庭」は復活したのか?

『巨匠 重森三玲と松尾庭園・日本庭園の源流は巨石磐座信仰か? (2018/02/06付)』
の記事でお伝えしたように、兵庫県丹波市の「石像寺」は2014年8月の丹波豪雨で本堂や位牌堂などが被災し、庭園にも大量の土砂が流れ込んで壊滅的な被害をうけました。特に「四神相応の庭」は、昭和を代表する庭園家、重森三玲氏の遺作のひとつとも言うべき貴重な芸術品でした。

その修復が先日完了したらしく、2018/1/20 20:35神戸新聞NEXTには
『丹波豪雨で被災の本堂や位牌堂復旧 石像寺で落慶法要』という記事がありました。


それにしても、はたしてお寺は、そして貴重な庭園は本当に元通り復活したのか?

ということで、昨日行ってきました。

これが被災前の庭園の写真です。

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そしてここからは、昨日に撮ってきた写真です。比較してみてください。

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季節と日光の条件が違うことを考慮すれば、全く同じように復元されていると思います。土砂が押し寄せ、この庭が泥まみれになり、岩の上部以外は泥沼のようになっていたのですから、復旧への地元の皆様の苦労に頭が下がる思いです。

では、昨日撮影した「四神相応の庭」をご覧ください。


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すでに昨年12月06日、丹波新聞の記事に、こう書かれていました。

市島町中竹田の石像寺 豪雨被害の修復が完了

災害では、裏山の崩落により、土砂や流木が流入。1879年建築の本堂に加え、位牌堂や禅堂も天井近くまで土砂が堆積した。位牌や法具、仏具なども埋まり、災害のあった2014年春に改築したばかりの庫裏も床上浸水の被害にあった。昭和を代表する作庭家・重森三玲氏による「四神相応の庭」に加え、俳人・西山泊雲や高浜虚子らの句碑が並ぶ庭「霧海の庭」も土砂を被った。

 災害後、延べ730人ほどのボランティアらによって土砂撤去が行われ、同年9月には修復委員会(高橋信二委員長)を立ち上げ、復旧に向け協議を重ねた。本堂は柱をジャッキアップして沓石を設けて補強したほか、床下には鉄筋を入れた。建具や畳などは新調。埋もれた位牌や仏像のほか、600巻のうち半分ほどが水につかった経典「大般若経」も可能な限り修復した。


また久間住職の「被害が大きかったものの、早期に修復していただいた。檀家や修復委員会、ボランティア、業者らの尽力のおかげ。お見舞金や義援金もお世話になり、お礼の言葉は尽きない」という感謝の言葉も載っています。



さて、この石像寺の背後には、白い巨大な磐座があります。
現地の説明板には、こう記されていました。

石像寺の裏山に磐座がある。この由来によって村の名を岩倉といい、寺の名を石像寺としたようで、この地を信仰の対象として崇拝したのはもちろん、磐座を神格化し、神として祭祀したものである。
この磐座は高さ十数メートルの巨岩いくつかが一石群をなし屹立して、天を摩すような姿は神秘的であり、実に雄壮である。
山麓の石像寺境内には、江戸時代初期および中期に造られた庭園と昭和47年に築造された四神相応の庭があって、一帯が名勝地となっている。
              平成26年 丹波市教育委員会



つまり、裏山の磐座あってこその石像寺だと言えます。かつては、四駆の軽トラなら登れそうな広い山道が、緩い傾斜で磐座まで続いていました。その道は今でもちゃんと通れるのでしょうか?

下は、石像寺に着く数百メートル手前から撮った写真です。

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望遠でアップすると・・・・

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一見したところ、巨大な白い磐座は、土砂崩れで倒れたり流されたりはしていないようです。ほっとしました。
本体は多分被害にあっていないようですが、はたして、道はどうか。

お寺の裏から山に入ります。最初は以前のように広い山道です。

ところが100メートルも進まないうちに、大小さまざまな岩石が道の上に転がりだしました。そのうちに倒木や小さな土砂崩れが、あちこちで行く手を阻むようになってきたのです。軽トラどころか、人が通る場所さえなくなっているのです。

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枯れた枝をつかんで無理に登ろうとすると、根元から鈍い音を立てて折れ、バランスを崩します。やはりこの道は、まだ修復されていなかったのです。しかし、頭上の樹間には、白い磐座が白く輝いているのが見えています。どうすべきか、途方にくれました。

(続く)


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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