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安芸の宮島と巨石信仰 Itsukushima shrine

Itsukushima shrine in Hiroshima prefecture has a megalithic culture.
When you climb a mountain with a ropeway, there are various megaliths and old temples.


「安芸の宮島」といえば、いうまでもなく日本三景のひとつとして、外国人にも有名な観光地です。

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平家からの信仰が厚く、平清盛により現在の海上に立つ大規模な社殿が整えられました。現在、本殿・拝殿・回廊など6棟が国宝に、14棟が重要文化財に指定されています。

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しかし元々この島は、「神に斎く(いつく = 仕える)島」という語源とされ、古代からの信仰があった島です。

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以前、神の島である宮島について、厳島神社の裏側(反対側)の写真を中心に載せましたが、今回は神社から弥山頂上に至る巨石信仰、古代信仰を記事にします。

では、まず山中の巨石群の写真から。

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次は頂上の巨石群。

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次は、不消霊火堂(きえずのれいかどう)です。
大同元年(806年)、空海が宮島で修行をした時に焚かれた護摩の火が、およそ1,200年間昼夜燃え続け、元火の絶えない霊火です。大茶釜の湯は、万病に効く霊水と言われ、広島平和記念公園の平和の灯の元火の一つとなりました。

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ここもやはり背後は巨石信仰ですね。

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さて、厳島神社の社伝では、推古天皇元年(593年)、当地方の有力豪族・佐伯鞍職が社殿造営の神託を受け、勅許を得て御笠浜に市杵島姫命を祀る社殿を創建したことに始まるとされます。そして現在の祭神は「宗像三女神」すなわち

市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
田心姫命(たごりひめのみこと)
湍津姫命(たぎつひめのみこと)


の神様です。

宗像大社」といえば、2017年(平成29年)、『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』の構成資産の一つとして、ユネスコにより世界遺産に登録されました。その沖ノ島のジオラマ模型が下です。


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巨岩の隙間に屋根が見える「宗像大社沖津宮」は、島の南西部、標高75~85メートル付近で巨石群(磐座)が密集する黄金谷と呼ばれる場所に鎮座しています。このジオラマを見れば明確にわかると思いますが、社殿は二次的なもので、巨石祭祀が信仰の核心です。

となれば、同じ宗像三神を祀る宮島において、巨岩がどのような意味を持つのかも明瞭になると思います。



なお、ウィキペディアの「弥山」には

山頂一帯に見られる巨石群は磐座とみられる。磐座を祭祀対象とする山岳信仰の開始は一般に古墳時代以降とされる[4]。厳島沿岸部に複数存在する縄文遺跡[5]および同時期の遺跡である地御前南町遺跡[6]など対岸の縄文遺跡からも祭祀に関わる明瞭な遺物は確認されていない[7]。郷土史家の木本泉はこれを縄文時代の祭祀遺跡と主張するが資料的裏付けに欠ける。弥山中腹からは古墳時代末以降の祭祀遺跡が発見されており、弥山に対する山岳信仰はこの頃始まったものと考えられている。

とありますが、やはりここは縄文時代からの信仰があったと思います。

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コメント

社殿は二次的なもので巨石祭祀が信仰の核心

>このジオラマを見れば明確にわかると思いますが、社殿は二次的なもので、巨石祭祀が信仰の核心です。
 となれば、同じ宗像三神を祀る宮島において、巨岩がどのような意味を持つのかも明瞭になると思います。

〇記事と写真、拝見しました。
 この巨石には圧倒されますね。
 ご指摘のとおり、縄文時代の巨石信仰に神社のルーツがありのは本当だと思います。
 そして、その民族的ルーツはマレー系民族のような感じがしており、巨石文明とマレー系民族の関係、知りたくなりました。
 草々

Re: 社殿は二次的なもので巨石祭祀が信仰の核心

いつもありがとうございます。
外国のマレー系民族にも、巨石信仰が残っていると素晴らしいですね。日本では、平地にあった巨石遺構はほとんど築城や家屋の石垣、果ては石橋の材料にまで利用され、もはや山中かよほどの強い信仰が残っている神社にしか見られなくなったようです。
現地に行かれて、巨石信仰の遺物を発見されたら、ぜひご紹介ください。

私も九州の巨石をもう少し調べたいと思います。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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