FC2ブログ

記事一覧

山梨岡神社・伝説の巨人 ダイダラボッチと巨石磐座群

このブログでは、ほとんど巨石や磐座を話題にしています。神社の岩に慣れているその私でも、あまりの巨石累々に唖然、呆然。

「何だこりゃー!」と、松田優作になって叫んでしまうほどの、衝撃的なお社の紹介です。

DSCN3530_convert_20180125140445.jpg


山梨県山梨市下石森に鎮座する、山梨岡神社。JR中央線山梨市駅の南東1Kmほどの石森山に鎮座。
式内社の「山梨岡神社」を主張する旧郷社です。ただし、式内社は残念ながら笛吹市の方の山梨岡神社に比定するのが一般的だとか。

このお社は、峡東地域の平坦な土地にぽつんと盛り上がる石森山が境内ですが、山と言っても平地との標高差が20メートルもないので、横を通りかかってもただの森のように見えます。

DSCN3610_convert_20180125141545.jpg


参道から見ても、ごく普通の神社としか思えません。

DSCN3609_convert_20180125141355.jpg


DSCN3515_convert_20180125162833.jpg


本殿は2座相殿の二間社流造銅板葺。細部の手法が装飾的で桃山時代の技法を残しており、昭和35年(1960年)11月7日に山梨県の有形文化財に指定されました。祭神は伊弉冉尊、事解男命、速玉男命、国常立尊、大国主命、少彦名命の6柱。


ここまではごく普通のお社です。しかし、境内の池にかかった赤い橋を渡るころから、異様な光景が見えてきます。

DSCN3517.jpg


DSCN3582_convert_20180125140844.jpg

DSCN3589_convert_20180125140950.jpg

DSCN3594_convert_20180125141054.jpg

岩には名前があり、普通は祠がある境内社や摂社も巨石のままです。

DSCN3601_convert_20180125141213.jpg

IMG_3192.jpg


IMG_3178_convert_20180125142149.jpg


とにかく境内は岩岩岩。計画的に置かれている様子もさほど感じません。

DSCN3520_convert_20180125140328.jpg

DSCN3544_convert_20180125140547.jpg

DSCN3578_convert_20180125140755.jpg


ただし、下の尖った岩は、多少意図的な感じがします。

IMG_3165_convert_20180125142049.jpg

IMG_3195_convert_20180125142443.jpg

IMG_3115_convert_20180125142545.jpg



ふつう、神社に磐座や石組みがあれば、隙間に冬至や夏至の太陽が差し込まないか、北辰信仰の要素はないかなど、角度を調べたり、遠くの山岳との関係を見たりします。
しかしここは、あまりの数の多さで、しかも一見雑然と置かれており、どこが中心なのかさえ分かりません。

ひょっとすると、かつてはこの辺りの平原に、巨石文化や磐座文化があちこちにあったのではないか。新たにこの地へ進出した人々にとって、開拓に邪魔な岩をどうするかが問題になり、この丘に集めて供養?することにしたのではないか。そんな気もします。

崇神天皇は「占領政策」を、宗教面では誤りました。先住民と穏やかに共存するなら、古い土着の信仰、土着の民俗に敬意と配慮が必要です。祭祀対象の岩を適当に割って、石垣や土台に使ったり、川に蹴落としたりすれば、相手が小数派でも後々摩擦の原因になりかねません。

とりあえずここに運び、祀り上げを行って穏便に済ます、そんな感じのする場所でした。


IMG_3131.jpg


ところでこの山は、ダイダラボッチが築いたものとの伝承があるそうです。

巨人のダイダラボッチが神様の言いつけで、石を運んでいたら途中で夜が明け始めます。「こりゃいかん」と、急いで走ったため蹴躓き、担いでいた天秤棒が折れてそのまんま石が残されたとか。

かつてはダイダラボッチの大わらじが境内に飾られていましたが、現在は残念ながら飾られていません。

伝統の維持継続も、いろいろ難しい時代になってきたのでしょうか。
部外者がどうこう言う問題ではありませんが、正直残念です。


ネタ切れにならないよう、乏しい家計をやり繰りして全国を回っております。よろしければ三つクリックしていただくと大変励みになります。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村


神社・仏閣ランキング

コメント

石森神社

記事と写真、拝見しました

長型の石は、もとは立っていた印象がありますね。
まさに石森というか石林という感じです。

興味深いのは、縄文時代、これらの石をどのように運んだのか。やはりコロを使ったのでしょうか。いろいろ想像させられます。
草々

Re: 石森神社

> 記事と写真、拝見しました

いつも中味をきちんと見ていただき、ありがとうございます。

巨石運搬は、やはりコロと修羅の組み合わせでしょうか。 原始的な人力クレーンなどもあったと思います。
東南アジアや中国の奥地なら、現在でも似たような原理が使われているのでしょうか。



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

フリーエリア