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西郷隆盛は「神籠石」を見たのか?

鹿児島県を走っていると、西郷隆盛さんがあちこちにおられます。

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最後の画像は、日置市吹上町の吹上温泉で、機嫌よく露天風呂?に入っておられる西郷どんです。

ここ吹上温泉は,湯治と狩りが好きだった西郷隆盛が、明治3年と7年に滞在しています。狩猟については、メタボ対策で医者に勧められたらしいのですが、激動の人生の中で、多分ほっとする癒しの時間だったのではないでしょうか。
坂本龍馬の新婚旅行先に、温泉の多い霧島をすすめたのも、明治の温泉ソムリエ、西郷隆盛だったそうです。

さて、吹上温泉の西郷どんのすぐ横に、下の道案内があります。
この道を上がると、「神籠石」や「天狗岩」、さらには「環状列石」という古代の配石遺跡があることになっています。

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「神籠石」は、しんご石と呼ばれているようですが、間違いなく「こうご石」でしょう。


『2003年度鹿児島民具学会例会  薩摩半島の古代の信仰と磐座について』
の中で、徳留秋輝という方がこのあたりの巨石について、次のように書かれています。

①はじめに…「鹿児島民具学会誌 15号」で、薩摩半島の巨石文化の存在について、吹上町北湯之元の北裏山の神籠石、松本町春山の観音平の岩屋観音、日吉町山田下の観音山の岩屋観音について、北裏山の神籠石と観音平の岩屋観音の巨石記念物はドルメン、観音山の岩屋観音の巨石は磐座であると試みた。今回は、吹上町中之里の妙見神社の後方(北側)に存在する巨石群が古代は信仰の対象の磐座であったことを資料や伝承等から試みたい。また、吹上町の各地に信仰の対象として存在している巨石についても調査した。薩摩半島に生きた古代の人々の信仰に少しでも触れることができれば望外の喜びである。

②妙見神社と石聚神社…神社後方の巨石群と石聚神社の社名の由来
③イシノコンボ
④苙神(おろかみ)と野牧
⑤矢石
⑥奇岩「夫婦岩」
⑦おわりに…吹上は巨岩・巨石に恵まれた地である。これらに纏る伝説や伝承が各地に残されている。古代は、巨石文化が花開いたと想定され、これに関する遺跡も未だに数多く存在していると思われる。北裏山の神籠石は、真悟石とも書き又信仰石と云われていたことが最近判った。神籠石は信仰石が転訛したものと思われる。古代の巨石信仰が偲ばれる。


大変参考になりましたが、「信仰石→神籠石」の変化はあり得ないと思います。
「神籠石(こうごいし)」の「神」の字が音読みとなって「神籠石(しんごいし)」に変化したと考えるべきでしょう。

訓読みから音読みへの変化はよくあります。例えば北アルプスの「白馬岳」。
現在はハクバと読むことが多いのですが、名前の由来は春になると雪解けで岩が露出し、黒い「代掻き馬(しろかきうま)」の雪形が現れることから、
「代掻き馬」→「代馬(しろうま)」→「白馬(しろうま」
となったものです。それが音読みに変化し、「白馬(はくば)」となりました。この事情を知っている人の中には、わざと「くろうま」と呼んで周囲を煙に巻いている人がいますが、黒い岩肌の馬ですから、たしかに「黒馬」ですよね。



もとの話に戻ります。
同じ吹上町の坊野地区に、「西郷隆盛御座石」があります。
この石は、坊野を訪れ狩りを楽しんでいた西郷隆盛が、この石にあぐらをかいて座り、村人たちと交流を深めていたとされている石です。村人相手に、一日中天下国家を論じていたとは思えませんから、この里のことを村人から聴く機会もあったでしょう。突出した話題もない地域ならば、すぐ近くにある「神籠石」のことも話題になったのではないか。ひょっとすると、狩りの途中で、「神籠石」や「環状列石」を通ったかもしれません。


また、この付近には「夜明かし岩」という不思議な岩があります。

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丸い岩の挟まり具合が、何となく「神籠石」に似ている気がするのですが、どうでしょう。
何らかの信仰上の目的があって、これらの不思議な造形を人工的に作った人々がいたのかもしれません。
こんな他愛もない話題が、下野した西郷どんと村人の間にかわされたことは、十分あり得ると思います。



余談ですが、西郷が死して後、火星の大接近があり、最接近時の9月3日には距離5,630万km、光度-2.5等あまりにまで輝いていました。当時の人々はこれが火星である事は知らず、「急に現われた異様に明るい星の赤い光の中に、陸軍大将の正装をした西郷隆盛の姿が見えた」という噂が流れ、西郷星と呼ばれて大騒ぎになったと言います。

1938年(昭和13年)11月に、東京帝大で崇拝する人物調査が行われました。1位西郷隆盛255票、2位ゲーテ132票、3位キリスト105票、4位東郷平八郎99票、5位釈迦93票、6位吉田松陰90票、7位カント85票、8位乃木希典62票、9位日蓮62票、10位野口英世58票だったそうです。

不世出の人物とは、この人のためにある言葉のようですね。

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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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