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「皮篭石 」探検隊・失われた聖石を求めて

日本の古代文化、民俗文化の中で、謎めいたままひっそり存在する信仰のひとつが、「こうご石」です。これを研究する人もごくわずかだと思います。

「神籠石」といえば、古代山城の列石のように思われがちですが、ウィキペディアにも、こう書かれています。

神籠石は、当て字で皮籠石・交合石・皇后石などとも書き、「こうご」の本来の意味は分かっていない。本来高良大社の参道脇にある「馬蹄石」など、神の依り代となる岩石のことを指す名称であったが、近くにある列石(高良山では「八葉石塁」「八葉の石畳」と呼ばれていた)と混同して学会に報告されたため、列石遺構の方にこの名が付けられた。その後、他の類似した石積み遺構にも神籠石の名を冠するようになったが、命名の経緯からすれば明らかな誤りである。


「皮籠石・交合石・皇后石」の例があげられていますが、川籠石、神向石、高後石、香合石、向後石、川子石、古語石など、日本全国にこの系統の岩が分布しています。おそらく今では失われた信仰で、「こうご・こご」あるいは「かわご・かご」などの発音で表される石を、人々が神聖視する習俗があったのでしょう。これはそもそも日本語なのかどうかもわかりません。

もちろん信仰が近年まで続いていた例もあります。例えば『桐生市史 上巻』における「神籠石」はこう記されています。
 
当石は、同所賀茂沢川の水源賀茂沢谷頭の上流ダイマチ窪から左折して登ること約三町、右折してカワゴ石沢に存在し、丈量巾一丈、長さ一丈一尺厚さ四尺の珪岩質の箱形石である。その形状の皮籠(かわご)あるいは香盒(こうご)に類似するにより皮籠石・香盒石等の称がある。(中略) この石が上代の祭祀趾であることは、この石を賀茂神が降臨した霊石として、維新前までは賀茂神社祭典の前夜神職はこの地に登り降神の神事を行ない、その際に用いた榊を捧持して途中のダイマチ窪に下り、ここより神輿に乗りヤスメ石に休憩し、威儀を整え賀茂神社に奉遷して翌日祭儀を行なう習俗となっていたという伝承から推定されるのである。
 

さて、一昨日の記事で、鹿児島県の「かごしま」という語の由来について論じました。ウィキペディアには、「かごしま」の語源は「鹿児島神宮(霧島市隼人町)に由来する。」とあるように、鹿児島神宮が「かごしま」発祥の地である可能性は高いと思っています。

その鹿児島神宮は、本殿背後に岩石群があります。さらに現在地に移転前の旧地、元宮である「石體神社」のご神体は、藁薦をもって覆ってある岩なのです。ただしその実態は秘されています。いずれにしろ、周囲の巨石群を見ても、鹿児島神宮の起源が、岩に対する信仰(岩の前や上でシャーマンが神がかりになる様式も含む)であることは明白です。

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元宮に縄文時代の貝塚があることなどから、鹿児島神宮の発祥は縄文時代に遡るのではともささやかれていますが、縄文であれ弥生であれ、信仰対象の岩石群が「かご」の石ではなかったかというのが、私の推論です。


九州におけるこの系統の古い石の例が、下です。

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これは、卑弥呼の遺跡ともいわれる宇佐市安心院町の三女(さんみょう)神社の皮籠石です。

しかし、このような「かご・かわご」信仰圏が、はたして南九州にも広がっていたのか。
「そんなヘンテコリンな石の名前なんて、聞いたことないよ。」とすべての鹿児島県人が断言されるなら、この説も成り立ちません。



というわけで鹿児島県の地図を必死に探していると、ありました。
南さつま市大浦町の海岸に、「皮篭石 」なる地名が。



というわけで、怪しい天候の中、がんばって行って参りました。

鹿児島市方面から国道226号線(南薩道路)を南下し、ナビと道路地図を見ながら、このあたりかと思われる場所で右折。広く淋しい干拓地の道を、海岸まで行こうとしたら、堤防前で通行止め。
「ナビはこの先行けと指示してるのにぃ!!」と不安になりますが、道を聞くにも、見渡す限り誰一人いません。

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都市にはない、なんとも寂しい景色です。

道幅ぎりぎりでUターンし、適当に戻って、別の道を走ってやっと海岸までたどり着きました。
車を降りて、強風の中、堤防まで歩くと、こんな岩が。

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色は皮のような茶色です。立岩らしきものもあります。

これに違いない。これが「皮篭石 」だ。そう直感しました。この岩の彼方には、見事な三角形を呈する謎の山が重なります。縄文の昔から、遺跡はしばしば秀麗な山とセットですから、なかなか意味ありげな光景でした。

もちろん、古い文献を調べたわけでも、地元の古老にお尋ねしたわけでもありません。この周辺で見る別の光景が「皮篭石 」である可能性も、もちろんあります。例えば・・・

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しかし、いずれにしろ「皮篭石 」という地名があるのはたしかです。
やはり鹿児島の「かご」は、「かご石」に由来する可能性があるのではないのでしょうか。


なお、すこし離れていますが、蛭子島も興味深い所でした。

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コメント

鹿児島の「かご」は「かご石」に由来

>しかし、いずれにしろ「皮篭石 」という地名があるのはたしかです。
 やはり鹿児島の「かご」は、「かご石」に由来する可能性があるのではないのでしょうか。

〇新年早々、興味深い推察ですね。
 続報が楽しみです。
 なお、海岸の風景ですが、似たもの(洗たく岩)が宮崎県にもありますね。
 草々

Re: 鹿児島の「かご」は「かご石」に由来

今年の夏は宮崎に行ったのですが、時間的余裕がなく、青島神社と洗濯岩には立ち寄れませんでした。
青島神社はかなり由緒と伝統のあるお社のようで、今度宮崎行く機会があればぜひ訪ねてみようと思います。

粗雑な推論が多くてお恥ずかしい次第ですが、またヒントがあればよろしくお願いいたします。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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