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吉野ヶ里遺跡と「謎のエリア」の線刻

吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき)は、教科書にも載る超有名な遺跡です。


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佐賀県神埼郡吉野ヶ里町と神埼市にまたがる、弥生時代の大規模な環濠集落跡です。遺跡のエリアが広いため、ミニ路線バスで移動することもできます。


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まずは厳重な防御施設から。


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建物もなかなか立派です。


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発掘跡も見られます。


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さて、このブログ的には、祭祀に関係する場所がメインとなります。


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こんなところで、卑弥呼のようなシャーマンが託宣をしていたのでしょうか。


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邪馬台国がどこにあったにせよ、同時代の卑弥呼もまた、このような祭儀スタイルだったのでしょうね。

シャーマンの住居は、窓のない狭い場所でした。


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ここで、大変興味を惹かれるウェブ記事のタイトルを二つ並べます。

読売新聞オンライン  2023/05/29
神社があったので未発掘、吉野ヶ里遺跡の謎エリアで石棺墓を発見…来月開封へ

佐賀新聞 2023/05/24 
石ぶたに「×」「+」「卅」…吉野ケ里遺跡「謎のエリア」で出土 深まる謎にファン注目 佐賀県文化課「意図感じさせる」


謎のエリアというのは、日吉神社が鎮座していたため、発掘が出来なかった部分の事です。


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(佐賀ポータル様)


この神社が東側に移転したため、新たに調査発掘が行われ、卑弥呼や邪馬台国につながる遺物が出てくるかと注目を集めました。
その結果、邪馬台国論争に決着をつけるような発見はなかったようですが、こんな興味深い記事がありました。

NHKクロ現HP
「吉野ヶ里遺跡発掘/石棺墓 “×”(バツ)の意味を最新の考古学・天文学から読み解く」

これまで手付かずだった“謎のエリア”から発見された石棺墓には、無数の「×(バツ)」が刻まれていました。
果たしてこの線刻は何を意味するのでしょうか。

先月21日。発掘された石棺墓を調査するために、吉野ヶ里遺跡を2人の専門家が訪れました。考古学を専門とする東海大学の北條芳隆教授と、国立天文台の高田裕行専門研究職員です。

例えば、遺跡中央に位置する「北内郭」(きたないかく)と呼ばれるエリア。政治や祭祀(さいし)が行われた重要な場所とされています。
その中心を貫く線を延ばすと、向かった先は北東の空。
吉野ヶ里が最盛期を迎えていた西暦200年代前半の、冬の満月の出の位置と一致したのです。

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浮かび上がってきた“夏の夜空”

「×(バツ)」と星空の関係に注目していた北條さんと高田さん。2枚のふた石を1枚につなぎ合わせ、詳しく分析を進めました。
すると「ある天体のイメージ」が見えてきたといいます。
現れたのは、おりひめ(ベガ)とひこ星(アルタイル)で有名な「夏の大三角」。
さらに、おりひめ(ベガ)とひこ星(アルタイル)を分かつように流れる銀河「天の川」も。天の川の中心を貫く帯状の暗い領域「暗黒帯」もきちんと再現されているといいます。
弥生後期の夏の夜空の天文図が、2枚の石をまたいで描かれているというのです。



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以前から吉野ケ里遺跡では、冬至や夏至の太陽祭祀と関係が深いことが知られています。


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すでに知られていた太陽信仰に加え、夜空の星に対する祭祀あるいは信仰があったわけですね。
そしてその証明となったのが、石棺に刻まれたこんな模様でした。

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驚きました。実はこんな線刻、磐座群の中にある岩に、時々見られる文様なのです。


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磐座研究者の中には、これらが単なるひっかき傷なのか、自然にできたものか、あるいは意図的な古代デザインか、戸惑われた経験のある方もおられると思います。

やはり古代人のメッセージだったのでしょうか?


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(そのうち続く)

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コメント

No title

こんにちは。
一時期からすると展示内容に邪馬台国色が薄れたような気がするのは
気のせいでしょうか?もしそうなら学術的には好ましいと思います。
吉野ヶ里の遺跡年代の問題が大きいですからね。
ただ個人的には屋内構造や儀式の展示は、まだ少し行き過ぎと感じますね。笑
発掘成果が反映されていないし、儀式は根拠のない想像でしかない。
子供たちに先入観を植え付けてしまいそうです。
弥生時代の吉野ヶ里が高い文化性を持っていたのは、地上、地下からの
検出物でも十分認められます。

×印が天文と関係するという研究は面白いですね。j-stageで関連する論文
が無いか調べてみようと思います。

Re: No title

形名様

大阪府立弥生文化博物館の卑弥呼さんは、ファッションモデルか銀座のママさんかという雰囲気でしたので、吉野ケ里遺跡の人形さんたちに違和感はなかったです(^^)/
たしかに、展示する以上はその根拠を明確にしてほしいですね。出土物や参考にした他の遺跡名、あるいは研究論文などの出典が明確だと、他の研究者にも大変参考になると思います。

石棺の天体図の謎?

いつもいい情報をありがとうございます。この記事を拝見していて閃きました。よろしければお付き合いください(#^.^#)

Re: 石棺の天体図の謎?

刮目天 一様

貴ブログで記事をご紹介いただき、ありがとうございます。それにしても、相変わらず切れ味鋭い論考、恐れ入ります。
実は私も七夕神社が重要なポイントのような気がしていたのですが、なかなか考えがまとまりません。私の場合は滋賀と大阪の実例から、物部氏あるいは秦氏と関係があるという気がしています。
いずれにしろ、不比等にゆがめられた歴史は、なんとかしないといけませんよね(^^♪
簡単な返事で申し訳ないのですが、またそちらのブログで勉強させていただきます。
あ、それから、たまたま2月10日・賀茂神社の記事に鳥人間(羽振り)的な再現像を載せていました。どれくらい正確かは不明ですが、イメージとしては面白いと思います。唐古や吉野ケ里遺跡等、お役に立つようでしたらなんでも、画像をお使いください。

No title

いつも温かいお返事、心から感謝いたします。おっしゃるとおりです。今後とも沢山ヒントを頂き、真相を明かにしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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