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縦島と横辺島・葬送の島に秘められた過去

陸地から少し離れた小島や岩礁に、鳥居や祠などがある光景は全国各地にあります。
たとえば、岡山県の笠岡港から出てすぐに見える、弁財天五重塔。


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詳細は不明ですが、五重塔設置以前からある、古い岩礁信仰・島嶼信仰なのでしょうね。

さて、笠岡港から離島へ向かう定期船からは、何とも不思議な島が二つ見られます。
その一つが縦島。


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もう一つが横辺島。


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どちらも、神霊の依りつく岩礁のように見えるのですが、鳥居や石の祠などは一切見えません。そして何となく、奇妙な違和感を感じるのです。以前にも感じたことのある、なんとも説明しがたい違和感です。

何でしょう、この岩ばかりの島は?

実はこの島は、どちらも知られざる歴史を秘めていました。
ここは、露天の火葬場であったというのです。

明治時代にコレラが流行った時、笠岡諸島で出た死人を、木でやぐらを組んで松ヤニを燃料とし、縦島や横辺島で野焼きにしていたというのです。遺骨も、波に洗われるままにして放棄していたとか。
感染が疑われる病死者だけでなく、北木石の産地として知られる北木島へ出稼ぎに来ていた労働者が事故死した時も、ここで焼かれたそうです。

 ★

なんとも説明しがたい、不思議な畏怖感を覚えた場所を思い出しました。
福井県小浜市付近で見た、上兼田の三昧(さんまい)です。


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かつてはもっと樹木が茂る広い場所だったようで、30年ほど前までは、ここに直接遺体を埋めていたのだとか。
墓石も積み石も周囲を取り囲む塀も、「関係者以外立ち入り禁止」の札もないオープンな場所なのですが、土葬の場でした。
上兼田の子どもたちは「行ったらあかん」と大人から言われていた場所で、ヒトダマのうわさもあったそうです。

また京都嵯峨野の観光地、化野念仏寺は、風葬の地として知られます。


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かつては人骨が累々とする地だったはず。

  ★

ネットで「鳥葬」や「風葬」の画像を検索すれば、外国の衝撃的な画像が満載で驚きます。日本でもかつて、それに近い状態が見られたに違いありません。

日本の中世には、遺骸を棺に入れて木の枝にぶら下げる樹上葬や、屋外に設けられた台の上に棺を放置する台上葬が行われたという伝承が少なからず語られています。今から見れば異様な埋葬方法ですが、沖縄の久高島では1960年代まで、宮古島では1970年代まで、風葬に近い葬法が残っていたようです。中尊寺金色堂では清衡のミイラ・・・。
単なる推測ですが、民俗文化としての風葬地的な役割が、コレラ以前から二つの島にあったのではないかと思います。
 
そしてこのことは、縦島や横辺島が異質なのではなく、人が死ねば葬式を業者に丸投げという現代人の常識の方が、日本の葬送史からは異質なのかもしれません。

ちなみに横辺島は、3000円で渡船が利用でき、チヌやメバルの釣り場になる島なのだとか。夜釣りをする人もいるようですが、焼け跡の残る岩の前で釣りをするのは、かなりシュールな光景ですよね・・・(>_<)


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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