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川上神社(小屋平)と北辰信仰と家康の日光東照宮

徳島県美馬市木屋平川上は、東麓から剣山に向かう車がたまに通るくらいで、清々しくもディープな地域です。
その地名を冠した川上神社を訪問しました。


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本堂の背後には、かなり大きい磐座がありました。古いご神体でしょうか?


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ところが、境内入口の鳥居横にもまた、何とも不思議な磐座があったのです。


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これは、磐座の上の磐座?


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今までに、こんな形式の磐座を見た記憶はありません。

なぜか、指を立てたハンドサインを連想しました。ハンドサインにはたくさんの種類がありますが、親指を下に向けるサムズダウンはブーイングで、上に指を立てるサムズアップは「グッジョブ」。了解や賞賛の意味ですね。(ただし中東地域やアフリカ諸国においては意味合いが反転しますが。)

もちろん、ハンドサインを模した磐座なんてないでしょう。しかしこの不思議な磐座には、なにか深い意味が隠されているように思うのですが、皆様はどうお感じでしょうか?

  ★

さて、このお社の祭神は、天御中主(アメノミナカヌシ)神です。土着的な神ではなく、思弁的、哲学的な神ですね。
この神について、ウィキペディアにはこう書かれています。

平安時代の『延喜式神名帳』には天之御中主神を祀る神社の名は記載されておらず、信仰の形跡は確認できない。この神が一般の信仰の対象になったのは、近世において天の中央の神ということから北極星の神格化である妙見菩薩と習合されるようになってからと考えられている。

北極星の信仰に関係があるというのです。

川上神社の由緒を調べると、もともとは妙見神社(妙見宮)という名前でしたが、明治3年(1870)に川上神社に改称されたのです。やはり北極星や北斗七星ですね。
何とも不思議なハンドサイン磐座の横に見えている屋根は、神仏混交時代の名残である、清水寺本堂(妙見堂)であり、やはり妙見大菩薩が祀られているとか。

つまりこの地には、北極星(北辰)信仰が古くからあったわけですね。
指のような立石は、ひょっとして天空の北極星を指し示しているのかも・・・

  ★

話は変わりますが、徳川家康を祀る東照宮が、江戸から143kmも離れた日光に造営された理由は何でしょうか?


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(ウィキペディア)


よく言われるのは、日光は江戸から見ると真北に位置し、家康を「東照大権現」として江戸城の守護神として祀ったのだとされます。
古代中国では北極星は宇宙全体の神・天帝であり、 日光東照宮の配置を見ても、陽明門・唐門・本社と並び、その真後ろに北極星が位置しているのです。


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つまり日光東照宮を拝する事は天帝・北極星を拝する事と同じことであると言われます。家康は自分を日本の天帝になぞらえたのでしょう。

ちなみに家康は、風水的に理想的な京都の地形を江戸に重ね合わせ、京の鬼門である比叡山に当たるのが、東の比叡山・東叡山寛永寺としました。上野の不忍の池は琵琶湖のコピーであり、日本中の霊力のある山や神社仏閣の名前を江戸周辺に配し、「地龍」を集めたとも。江戸時代が長く続いたのは、家康と天海の風水的な呪術性が江戸に設定されたからだという説ですね。

いずれにしろ、家康が遠く離れた日光で自分を祀らせたのには、北極星を最高神・天帝とする中国の思想が反映しているみて、不思議はありません。

  ★

こちらは、京都の北野天満宮と、そこにあった由緒ポスターです。


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受験生に人気の菅原道真を祀るはずが、なぜか北極星が重要視され、屋根に輝いています。

あるいは、岐阜県中津川市西山の星ケ見岩。


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北側には、まるで天文台のようなすき間がぽっかり開いています。ここからは北極星が見えると案内板に書かれていました。


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地図上で確かめると、ここから真北には、ちょうど御嶽山が位置していました。


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樹木等の障害物がなければ、昼は御嶽、夜は北極星が見え、黄昏時や夜明けには、その両方が見えたはず。
事実、この星が見岩の上方には、御嶽遙拝所という大岩があり、「御嶽神社」の祠があることが分かりました。
やはり噴火する山の神は特別なのでしょう。
いずれにしろ、この周辺からは、御嶽山の上に輝く北極星・北斗七星が見えるわけです。

 ★

こんな事例から考えると、この川上神社の真北には、北極星が輝くその下に、何か重要な場所があるのではないか、と思えてきます。
そこで地図上に線を引きました。すると、日本を代表するような、きわめて謎めいたモノにぶつかったのです。




オレンジ色の川上神社の北には、まず美馬市穴吹町古宮に鎮座する石尾神社が。(黄色マーク)


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いくら無神経で厚かましい私でも、夕暮れ以降は絶対に行きたくない、異様な畏怖感が漂うお社です。
縄文時代や弥生時代から、ほとんどそのままの聖地・霊地という感じがします。


そしてそのまた北側には、ユダヤ遺跡説もあるくらい謎めいた、磐境神明神社(紫色マーク)。


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これらは果たして、単なる偶然なのでしょうか?
なおこのラインが、真北よりわずかに西に振れているのは、江戸城と日光東照宮との関係でも同様です。磁北(方位磁針における北)に基づくものかもしれません。現在の磁気偏角は、関東・四国とも7~8度です。

というわけで、もし川上神社のハンドサイン磐座に深い意味があるとして、その意味を解くことが出来たなら、磐座に依りつく神霊が「グッジョブ」と微笑んでくれるのでしょうね(^^♪

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コメント

磐境神明神社から瀬戸内海を越えてほぼ真北に似たような結晶片岩が積まれた熊山遺跡がありますね。

Re: タイトルなし

悠 様

なるほど、熊山遺跡ですか。徳島中心のローカル信仰という枠で考えていましたが、熊山遺跡も磐境神明神社と同類ですもんね。小豆島の小瀬の重ね岩も含めて、広域で考えるのも謎が深まって面白いかもしれません。新たなヒント、ありがとうございます。

またまたすごいものを・・・

サザナミ様、またまた地域限定の話題を振って下さり、ありがとうございます。
川上神社は、私のお気に入りの場所です。道を挟んで反対側に、神社の隣の建築会社が設置して下さっているのだろう綺麗なトイレがあって、剣山への酷道の行き帰りに、休憩しています。
神社建築ではない本堂と呼んでも良いような拝殿の周囲は、雨が直接当たらない土間のようになっていて、アリジゴクの丸い穴が沢山開いています。アリジゴクって珍しいので、見つけた時には感動でした。
昔は川上から上流にも人が暮らしてそうですが、昭和の大洪水で田畑や家屋が流失してしまい、野原になっています。
サザナミ様が紹介されている石尾神社の写真ですが、岩の間の参道に立っている石の鳥居は今は無くて、新しい木の鳥居に替わっています。まだまだ信仰をもって接して下さっている人がいるのだと、胸が熱くなって、お賽銭を少しだけ多くさし上げました。

熊山遺跡は

悠様
私は40年以上前ですが、岡山に住んでいたことがあり、熊山にも何度か登りました。備前片上から同和鉱業の片上鉄道が走っていた時代です。
今は熊山遺跡の周囲に鎖があって入れないようになっているようですが、当時は、平気で石組みに触れました。
対馬のオソロシドコロ、天道法師の墓?というものの写真を初めて見たとき、熊山遺跡とそっくり!と思ったことを覚えています。
で、実は徳島にも似たものが二つありまして、一つは天石門別八倉比売神社の伝・卑弥呼の墓。もう一つは、経塚大権現です。卑弥呼の墓は有名なのですが、経塚大権現は知らない人が多いので関連頁をつけておきます。
https://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2014/10/09/210941
https://sueyasumas.exblog.jp/23003919/
いかがでしょうか?

Re: またまたすごいものを・・・

鯨 様

それにしても、指のような磐座、地元の方はどんな伝承を持っておられるのでしょう。とても気になります。まさか、どこかのおっちゃんが、気まぐれに乗せたなんてことはないですよね(笑)
あらためて気付いたのですが、川上神社の前も、高越大権現や清頭岡の前も、同じ国道438号線なのですね。この沿線には、伝統信仰がまだまだ隠れていそうな気がします。
というわけで明日は、ほぼ438号線沿いの貞光です(^^♪

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プロフィール

sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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