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姫宮神社(眉山天神社)と太陽信仰

これは、JR徳島駅に近い「阿波おどり会館」です。


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その横に鎮座するのが、徳島眉山天神社(とくしまびざんてんじんじゃ)。


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「女子に人気の恋愛パワースポット」と言われるだけあって、花やハートモチーフがいっぱいの可愛い境内です。


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とりわけ注目なのが、境内左側の「姫宮神社(ひめみやじんじゃ)」です。
恋結びや縁結びはもちろん、子宝や夫婦円満などに特に御利益があるとされ、有名な芸能人も訪れているそうです。


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「絶妙にして幽玄なる存在」で「秘物」という表現を見ると、女陰として信仰されているのでしょう。


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このような場合、しばしば夏至や冬至の太陽が差し込む方向になっています。男性太陽神の朝日が女陰石(地母神)に差し込む祭祀構造は、神話でいえば丹塗矢伝説に象徴されるものです。
例えば『古事記』には、大物主神が勢夜陀多良比売を見染め、丹塗矢(朝日)に化して比売の陰部を突く伝説が記されています。

では、この姫宮神社の女陰はどうなのか。
角度を調べてみると、だいたい夏至の頃の朝日が、女陰の穴の奥まで差し込む方向のようです。
さらにその朝日は、徳島城がある丘陵の、天守閣跡あたりに昇るようです。


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たただし現在では、障害物のため確認しにくいように思います。

実はその徳島城周辺には、縄文遺跡がありました。


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(城山貝塚 3号貝塚・ウイキペディアより)


1922年(大正11年)、徳島市出身の鳥居龍蔵が、城山山麓を発掘して貝塚を発見しています。出土した大量の縄文土器は、東京大学総合研究博物館や鳥居龍蔵記念博物館にあるとか。


ストーンサークルや三内丸山遺跡など、縄文遺跡の多くに、夏至や冬至の太陽信仰が見られるといわれます。


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『縄文学の世界(小林達雄編集)』より


ひょっとすると、姫宮の女陰を模した磐座は、縄文時代から続く、太陽信仰の聖地だったのでしょうか。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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