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行者堂(島ヶ原)・笠置山巨石文化圏か?

三重県伊賀市島ヶ原町に、行者堂という岩窟があります。
現地に行ってみると、石段の上に見えました。


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岩窟の中には、役行者と不動明王が祀られています。


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観光協会の説明には、「役行者像が祀られる自然石のお堂」と書かれていますが、かなり人工的な部分も感じます。


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この行者堂の下は、小山川が木津川に合流する地点です。


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複雑でアートな岩は、甌穴でしょうか。


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 ★

さて、小山川の対岸をよく見ると、不思議な建物があります。


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ワケありげな岩塊の上に、建物が乗っているのです。これも磐座上の祭祀施設なのでしょうか?

正面に回ると、「地域交流センター」という、公民館的な施設のようでした。


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ということは、磐座でも磐境でもない、ただの岩塊なのでしょうか?
それにしては、妙に気になる岩です。

何か手がかりはないかと、背後に回ってみます。すると、立札がありました。


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この岩の上には、かつて「行者籠堂」があったのですが、ちょうど2000年に撤去されたというのです。
やはりこの岩は、磐座あるいは影向石だったのでしょう。

このすぐ横には、摩崖仏がありました。製作年代は南北朝から室町時代と推定されています。


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これ以前、岩屋や巨石には、何を祀っていたのでしょう。
立地点から考えると、原始的な水の神を崇拝していたのでしょうか?

こちらは、同じ島ケ原の岩屋山。


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行者堂から10㎞下流の木津川左岸には、巨石信仰の笠置山がそびえます。


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1331年、後醍醐天皇はここに行在所を置き、鎌倉幕府の倒幕をはかりました。
呪術に堪能な後醍醐天皇ですから、巨石信仰に依拠したとまでは言えなくとも、弥生時代からつづく呪術的聖地だったからこそ、この地が選ばれたはず。

同じ川筋の行者堂や岩屋山もまた、笠置山巨石文化圏の一つとして、古くから続く巨石信仰・呪術信仰の場だったのかもしれません。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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