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宝塚大劇場の亡霊と霧や雲の民俗学

時事ネタに便乗した、ちょっとアヤシイ記事ですが、気楽に読み飛ばしていただければ幸いです。

これは、昭和の昔、宝塚音楽学校に優秀な成績で合格した高校の同級生から、直接聞いた話です。
トップクラスの成績で合格したせいか、宝塚歌劇団○○期生のまとめ役にされたそうです。その○○期生に問題が起これば、彼女は先輩の部屋に呼び出され、「あんたがしっかりしないからこんなことに!」と数人の上級生にとり巻かれて、悪口雑言を浴び続けたそうです。一人の相手なら謝りようもあるけど、次々に絶え間なく、しかも長時間延々と怒鳴られたら、間違いなく心が折れるでしょう。
これを聞いて脳裏に浮かんだのは、日本兵のこの歌でした。
♪~新兵さんはか-わいそうだね~、また寝て泣くのだよ~
軍隊と同じ体質が、令和の現在まで続いていたのでしょうか?
なお余談ですが、予科生(1年生)は、陸上自衛隊の伊丹駐屯地で基本教練を受けるカリキュラムがあるそうです。

  ★

さてもう一つ、どうしても気になる別件があります。

彼女が宝塚大劇場で練習をしているとき、客のいない薄暗いホールの背後、天井と壁の接するあたりに、ふわふわと白い霧のような、煙のようなものが、いくつか漂って奇妙に動いていたというのです。


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(これはイメージです。Wikipedia 663highland)


何だろうアレ、と不思議に思って、親しい同期生に聞くと、「ここでは死んだ人もいるから」と言って口を閉ざしたとか。
たしかに、舞台で亡くなった方がいるというのは、比較的よく知られた話です。その無念な気持ちが白い霧の霊となって漂っているということなのでしょうか。しかしそれが複数だというのは、知られざる事件・事故が当時すでにいくつもあったということなのかもしれません。ひょっとすると、怨念もあったりして・・・(>_<)

いずれにせよ今回は、劇団側が転落死生徒のご遺族が納得されるまでしっかりと向き合い、旧日本軍の新兵さんいじめのような体質を変え、人権意識をしっかりと構築してほしいものです。
(またまた余談ですが、吉田裕氏は、『日本軍兵士 アジア・太平洋戦争の現実』(中公新書)の中で、「日本の陸海軍は兵士を自殺に追いやるような体質を持っていた」と書いておられます。もちろん表向きの分類は戦死あるいは戦病死なのですが。)

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さて、宝塚大劇場で白い霧を見た話は、パワハラや睡眠不足の極限状態で見た幻想だと推理することは可能です。
私も早春の八ヶ岳で遭難しかけた時、崖際の雪の上に、老人が杖をついてこちらを見ている姿がはっきり見えました。「なんでこんな山の中に年寄りが・・・」と思ってふらふら近づくと、木の切り株に変わったのです。もう少しで崖から転落するところでした。そして同様のことが二度三度と続いたのです。疲労と頭痛で朦朧とした意識が見せた、幻覚だったと思っています。
・・・まあひょっとすると、お迎えの死神だったのかもしれませんが(>_<)


「白い煙や霧」の話に戻ります。
これは、兵庫県西宮市甑岩町に鎮座する越木岩神社(こしきいわじんじゃ)です。


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神社ホームページには、不思議な由緒が記されています。


いまから400年程前、大阪城の石垣を築く工事が始まった頃の事です。日本全国のお殿様が家来(けらい)に命じて、あちらこちらの山を探させ、大きな石を見つけては、大阪へ運んできました。あるお殿様が、この甑岩に目を付けました。「あんな大きな石なら、城の石垣にすれば、さぞ見事なものであろう。是非もっていって、手柄にしたい。 早速切り出せ。」

それを聞いた甑岩の村の人たちは心配しました。
「この岩は昔から白い龍が住み着いている神さまの岩だ。これを割って、ここから運び出すようなことをすれば、どんなたたりがあるやもしれん。お願いです。おやめ下さい。」

村の長老(ちょうろう)達は必死になって役人に頼みました。けれども役人達は、この申し出に耳を貸そうとはしませんでした。「お殿様の言いつけだ」と、大勢の石切職人がいっせいにうち下ろした槌の音で、ノミが岩に食い込みました。カーン、カーンと響く音は、山々にこだましましたが、見守る村人の耳には、山鳴りの音のように無気味に聞こえるのでした。「これは大変だ。必ずたたりがあるぞ。」大声で怒鳴りましたが、石切職人たちの耳には届きません。


ノミを打つたびに火花が散ります。それがだんだん激しくなり、そのうちに岩の裂け目から白い煙が吹き始めました。おそろしい事が起こるに違いないと思う間もなく、その煙が白色から黄色へ、そして赤に、それから青、黒へと変わり、それらが入り交じって、ものすごい勢いで音を立てて吹き出しました。

その熱気は、不思議な力をもっていて石切職人達は手足をふるわせ、苦しみもだえ、斜面を転がり落ちました。そして、やがて息絶えてしまったのです。


というけで、まずは白い煙が吹き出したようですね。煙は神意、神様の怒りだということなのでしょう。

  ★

これとは逆に、煙を頭にかけることで、いろいろなご利益があるという神社仏閣もあります。
例えば、東京の浅草にある「浅草寺」。


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(Wikipedia Tak1701d)


ここでは大きな常香炉があり、参拝客は頭や体に煙を浴びています。浅草寺の常香炉で煙を浴びると頭が良くなる、頭以外にも体の悪い場所に煙を浴びると快方に向かうなどというご利益が信じられているのです。

あるいはまた、各地の神社仏閣等で、お焚き上げの火や煙には一年間無病息災のご利益があるといわれているところもたくさんあります。煙が心身のケガレを払うとも。


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(Wikipedia)


実は、煙を特別のものとする宗教的な観念は、日本だけではありません。強固な一神教であるイスラム教でも、ジンという存在がありました。以下、ウィキペディアより。


ジン(アラビア語: جِنّ‎、jinn‎、英、仏: jinn、djin、日本語の翻訳のクルアーンの漢字: 幽精、妖霊)とは、アラブ世界で人にあらざる存在であり、なおかつ人のように思考力をもつとみなされる存在、すなわち精霊や妖怪、魔人など一群の超自然的な生き物の総称である。

性質
普段は目に見えないが、煙のような気体の状態から凝結して固体となって姿を現す。その姿も変幻自在で、さまざまな動物や蛇、巨人、醜い生き物、さらには美しい女性にも変わることができる。知力・体力・魔力全てにおいて人間より優れるが、ソロモン王には対抗できないとされる。ソロモン王はジンを自在に操り、神殿を立てる際にもジンを動員したと言われている。



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(1802年に描かれたジン)

そういえば、『アラジンと魔法のランプ』でも、最初はランプから煙が出てきますよね。
(うわさのソロモン王が、意外なところで出てきたことも驚きですが。)

 ★

さて、「霧とか煙とか、そんなのどうでもいい話だな」、なんて思われそうなのに、なぜしつこく書いているかというと、私自身が不思議な霧を見たからです。

これは以前記事にした、島根県大田市仁摩町大国に鎮座する、石見八幡宮。


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このお社の背後は、稀に見る荒々しい岩山で、神の依りつく神聖な場所として申し分ないところです。


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『八千鉾神社・ちょっとオカルトな話なのですが・・・(2023/05/25)』
の記事にも書きましたが、石見八幡宮とは反対側の山中に、八千鉾神社があります。


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境内は巨大な磐座が目立ちます。
その本殿の背後に、白い霧のようなものが現われたのです。

横の長さが5~6m、幅が50㎝ほどの白い霧の塊が、本殿背後の樹林の中から、すうっと出てきました。消火器を放出したような、濃い霧です。
なんだこれ、天気が急変したのか、それとも黄砂のカタマリかと思う間もなく、斜面の上1mくらいを下って本殿屋根にぶつかるように、すっとばらけて消えてしまいました。今までに体験したことのない、不思議な光景です。かつて私は登山が趣味で、北アルプスを始め、あちこちの山岳に登ってきました。雲や霧にもたくさん出会っています。しかし、こんなものを見た経験はありません。

その場所がここでした。


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その記事にも書きましたが、その当日のデジカメの記録はSDカードからすべて消えてしまい、サブカメラの画像で何とか記事にアップしています。

何気なくシャッターを押した写真に、奇妙なものが写るという経験はありますが、目の前で奇妙な現象を見たのは初めてです。まあ強いて理屈を言えば、この樹林の奥に小さな風穴があって、温度差のある風が間欠泉のように噴出している可能性とか、いろいろ合理的っぽい推測はできます。
しかし正直言って、綿菓子のような密度の、きわめて小さな雲が現実にあるとは思えません。ただし、それを見たのは私ひとりで、証拠の写真もないのです。

濃い霧といえば、脳裏に浮かぶ二つの映画。
「ザ・フォッグ」では、濃い霧に襲われた小さな港町に海から怨霊たちが現れ、人々を惨殺していきます。
また「ミスト」では、霧に閉じ込められたスーパーマーケットに怪物たちが襲いかかり、「映画史上かつてない衝撃のラスト15分」のうたい文句通り、後味の悪さは最高(最悪?)の映画です。

 ★

ミツカン水の文化センター機関誌『水の文化』56号に、東京大学名誉教授の五味文彦さんが『中世の絵巻に見る「雲」の役割について』というテーマで、いろいろ詳しく語っておられます。

『源氏物語絵巻』や『伴大納言絵巻』等で、例えば阿弥陀様などの仏様が雲に乗ってやってくる話の分析です。
ところが最後に、ご自身が絶対安静で入院しているときの実感として、

朝起きると日の光に照らされて雲が動いている。夕方になると雲に朱色の光が差し込む―。そうした雲のある美しい光景は、私に「生きる」という日々を実感させ、また考えさせるものでした。

と書いておられます。ここには当然ながら、東大名誉教授としての論理的な分析はありません。

雲や霧や煙という気体には、冷静な分析にはなじまない、スピリチュアルな何かがあるのかもしれませんね。


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コメント

No title

記事、面白かったです。
ご存じかと思いますが、石の異称に「雲根(うんこん)」という名称があります。雲が生じるという意味です。

雲が山の岩石の間から生じるように感じられるところから、名付けられたようですが、この山に生じる雲霧の神秘は芭蕉にも詠まれ、江戸時代の盗賊に「雲霧仁左衛門」「雲霧五人男」、歌舞伎の演目に「高根雲霧」などがありますから、昔から特別な現象として捉えられていたと思うんです。

力石の有名人に「八丁堀平蔵」という男がおりました。平蔵は力石に「雲霧の晴れゆく、山の高き石に 我は捧げる」という、なんだか意味不明の歌を刻んでいます。古文書の大家も解読不能、これが禁酒を誓った歌と言うのですからますます難解です。

私は平蔵は山から湧き上がる雲や霧が晴れたときに姿を現した石を神として捉え、その神に禁酒を誓ったのでは、と考えました。根拠はありませんが、今回、記事を読ませていただき、ふと、平蔵の歌を重ね合わせてしまいました。

オン・アビラウンケンソワカ

さざなみ様、またまた宝塚のような遠いところから山の怖い話にもっていくなんて、興味深い話題をありがとうございます。
まあ宝塚といえば、例の人体切断事件ですね。私は生まれていませんが、死んだ母がしきりに興奮して話していたのを覚えています。母の青春時代に起きた一大芸能スキャンダルだったのだろうと。
宝塚の中の女性同士の諍いや争いは、男のものと違って陰湿で強烈らしいですから、沈積した怨念や畏るべし。
それでなくても、劇場やホテルや学校など、不特定多数の多くの人間が集まる場所には、その手のモノが集まりやすいとか言いますから、見える人には見えるのだろうと思います。
鬼神は敬いて遠ざく、が一番です。私は宝塚には近寄りません。
閑話休題。私も山の精や怪異にあったことは何度かあります。そのときのふとした気の持ちようとか、体調に左右されそうです。いつだったか下山直後に起きた貧血様の視野狭窄や意識レベルの低下については、脱水か熱にあたったのだろうと分析しています(独行だと怖いのです)が、理由のつかないことも多々あります。そんなときは、マタギの人達に倣って、オン・アビラウンケンソワカと唱え続けることにしています。

Re: No title

ちから姫様

石マニアの開祖、木内石亭の「雲根志」が京大アーカイブに公開されていて、ブログのネタが満載のようなのですが、古文系の苦手な私は断片的にしか理解できていません(>_<)
「八丁堀平蔵」さんは、時代的に伝統信仰の中で生きてきた人でしょうから、「山の高き石」というのは神の宿る、頂上の奥津磐座なのかもしれませんね。(我田引水ですみません。)

Re: オン・アビラウンケンソワカ

鯨 様

なるほど、オン・アビラウンケンソワカ、ですか。大日如来のパワーで悪霊退散ですよね。
旅先のホテルで何となく落ち着かないときは、これからそれを唱えることにします。気分的にすっきりするだけでもメリットあると思います。
高校生の時、兵庫の秘境である氷ノ山にテント泊してたら、しとしと雨が降って来て、深夜にテントの周りをぐるぐる回る足音がしてきました。「動物に違いない、髪を振り乱した女なんてことは絶対ない」なんて自分に言い聞かせて、シュラフに潜みました。いろんな意味で山は恐ろしいですね。

No title

織田信長が美濃を攻めた際、神仏を恐れない信長は手力雄神社にも攻め入りました。そのときに霧が立ち込めて身動きが取れなくなり、それ以来信長は神だけは畏れ敬うようになったという言い伝えがありますね。

私の個人的な解釈ですが、手力雄神社の場所は金華山から見て冬至の日の出の方角にあります。これには古代の忌部氏の先祖が深く関わっていると思います。彼らが冬至・夏至を重視したことは明らかですし、また金属を採掘できる山に「金」の名を付ける傾向があります。信長はその忌部の子孫である可能性が高く、霧の神罰は、金華山の忌部の神霊、つまり先祖から子孫へのお叱り、という解釈が成り立ちます。
金華山にある伊奈波神社の「いなば」の発音もおそらく「いんべ」と関連しているでしょうね。

Re: No title

悠 様

金華山は、本来神体山なのでしょうね。手力雄神社は行ったことがないのですが、ホームページには、山中の磐座祭祀から始まったと記されていたので、大変興味深いです。
織田信長の家系図に関しては、16代前の先祖が忌部親基らしいので、忌部の流れでしょう。また福井県越前町の劔神社は忌部で、そこから忌部常昌が尾張に出て、織田を称したと言われますから、こちらのお社も行ってみたいです。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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