fc2ブログ

記事一覧

高越山という霊山・謎の立石は古代メンヒルか?

高越山(こうつさん)は、徳島県吉野川市にそびえる霊山です。標高1,133m、「阿波富士」とも呼ばれ、地元民からは「オコーツァン」と呼ばれているとか。

山頂近くの立石峠には、その名の通り不思議な立石があるようです。あちこちの神社境内にも、ひっそりと由来不明な立石があるのですが、ほとんど無視同然。私はそれらに、深い由来があると思っています。
立石峠は、車でも行けるということで、長いくねくね道をたどっていってきました。


11_20231112185432e6e.jpg

12_2023111218544266f.jpg

13_202311121854526c3.jpg


上のように、道路沿いにはかなり大規模な石積みや、自然石を組み合わせた祠が見られ、ただならぬ気配を感じます。

狭い車道を長々と進んで、いきなり開けた場所は、よく整備された船窪つつじ公園。すでに標高は1000mを越えています。


21_20231112185503c21.jpg

22_2023111218544339c.jpg


休憩にぴったりな場所で、なかなかの絶景です。進行方向には、神体山のように整った峰。


31_convert_20231112150143.jpg


これが山頂部のピークの一つ、塔ノ丸のようです。これをこえれば、あと一息で、目指す立石峠です。

そして、たどり着いた立石峠の、これがメインの立石。


43_2023111218550386c.jpg

45_20231112185501c06.jpg


横から見ると、薄い板状であることが分かります。


42_convert_20231112150257.jpg

46_2023111218550842f.jpg


基部は地固めのためか、あるいは供物台のためか、平板な岩が埋め込まれています。


48_convert_20231112150444.jpg

49_20231112185513db6.jpg


何でしょう、コレ。ネットでいくら調べても、これは何か、納得のいく情報はありません。
付近には、さまざまな巨石。


51_20231112185515d9b.jpg

53_convert_20231112150743.jpg

55_convert_20231112150959.jpg

56_convert_20231112152619.jpg


こちらは峠の名が書かれていますが、遺跡かもしれない岩に、あとで書き加えたものでしょう


61_convert_20231112152800.jpg


  ★

これは、ヨーロッパなどに広く分布するメンヒルです。


75_2023111218580301f.jpg

76_202311121858050f0.jpg


これらはヨーロッパ先史時代に立てられた、単一で直立した巨石記念物(モノリスまたはメガリス)であり、「メンヒル」という言葉は、ブルトン語の「長い石」を意味する単語に基づいているそうです。

下は、現存するもっとも大きなメンヒルとされる、ブルターニュのメンヒル。紀元前4700年頃に立てられ、紀元前4000年頃に破壊されていたそうです。数km離れた場所にある、石の露頭から運んで立てられたそうですが、その方法はまだわかっていません。


79_20231112185805717.jpg

78_2023111218580585b.jpg


日本でも、メンヒルの可能性がある立石は、たくさんあります。


81_20231112185824c25.jpg
82_2023111218582749c.jpg

84_20231112185838853.jpg

86_convert_20231112153107.jpg


そしてしばしば、神体山とセットで存在します。


91_20231112185842d97.jpg
92_20231112185839b96.jpg


下は、神体山の頂上と、麓の神社の中間に立つ、超巨石。

95_20231112185836c14.jpg

96_20231112185848e39.jpg

97_20231112185848a2f.jpg


これらが人工的なものであれば、いつ誰がどんな手段で立てたのか、全く不明な遺跡群といえます。

大型の石ばかりでしたが、身長程度の立石もたくさんあります。はたして立石峠の岩が、古代遺跡としてのメンヒルなのかどうか、それはわかりません。ただこの高越山は、頂上部に高越寺と高越神社があり、古代忌部の祭祀と修験道が融合した信仰の山です。
これは、忌部の立石。


100_20231112185846849.jpg

101_20231112185848a99.jpg

これらも忌部系の立石です。

103_202311121858471f0.jpg

105_20231112185939d0d.jpg


同種の古い文化にも見えます。
さらに下の影を見ると、日時計的な役割がある可能性も。


122_convert_20231112153254.jpg


冬至の朝日が、土台石の隙間をつたって細長く伸びるのかもしれません。しかしそうだとしても、周囲の岩の役割は分かりません。
やはり、謎の立石というほかないのでしょう。


四苦八苦のネタ探し、三つクリックしていただくと励みになりますので、よろしくお願いいたします(^_^)/~
にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

神社・仏閣ランキング

コメント

No title

iいつも興味深い記事をありがとうございます。
このたびは阿波特集のように、色々と御紹介下さり、本当にありがとうございます。
高越山(おこぉつぁん)は阿波忌部の聖地で、高天原の候補地に比定されたり、頂上には伊弉諾尊が埋葬されているとも。真偽は歴史の混沌の中です。
さざなみ様が御紹介の立岩峠から北へ下ると大きな広場・駐車場で、そこから高越寺への参道が二つ出ています。西の一つはやや険しく本当の頂上を経由します。東の一つはなだらかで変化に富んでいます。どちらも江戸時代に遡れる遺構があります。岸壁の行場は東側にあります。
高越山の本来の巡礼道は、北東のふいご温泉のあたりから今は無人の中の郷(なかのごう)を経て、高越寺の山門に至るものです。その道々に修験者の行場があります。それから、高越寺の伽藍のある場所から、隠れた頂上に向かうところに白蛇を祀る小さい岩窟があったり、あるいは高越神社の裏山の岩塊に御大師様の大きな銅像が立っていたりします。
実際の頂上に役行者系統の三つの大きな祠?がありますが、本来的には高越神社の奥の院になります。
高越寺の西の尾根は北西に開けていて、吉野川と阿讃山脈が展望できますが、本当の頂上からは南方の展望しかありません。
高越寺まではクルマで上がれるかについては可能ですが、一般人は難しいかと。西側を流れる穴吹川から急斜面を上がる道があり、牧場に達します。そこから高越寺のすぐ裏まで上がれるのですが、一般に供用されているかは不明ですし、道は非常に悪く落ちれば即死です。
標高は1100mくらいですが、風の吹き抜ける場所で、もうそろそろ路面凍結、雪も舞う頃かと。
2014年12月2日に徳島が時ならぬ異常な雪に襲われたとき、立岩峠から下りてきたあたりでまだ若い御住職と高齢の寺男、お二人が、雪の中で凍死されているのが発見されたのは衝撃的でした。
通常は積雪は大晦日頃から。3月に入っても雪は残っています。私は、3月の雪の残る風景が大好きでよく出かけます。(2月だと雪中登山になるので無理)
参考になれば幸甚です。

Re: No title

鯨 様

詳しい情報ありがとうございます。1000mを軽く越える山は、時に人間に牙をむくほど厳しい環境になりますよね。近畿でいえば、比良や鈴鹿のレベルですから、夏以外は本格装備が必要な山岳です。
かつて高越山で修行した人々は、厳しい環境に耐えて、神仏に近づいたものと推測します。巨石や大木を崇拝し、大切にしたのでしょう。
元気なら、この山も歩いていろいろ巡りたいのですが、なかなか今では難しくなりました。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

フリーエリア