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『野神』という不思議な神様をご存じですか?

野神という、あまり知られていない不思議な神様がおられます(^^♪

これは、滋賀県長浜市小一条町の野神様です。


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この岩が、ご神体の磐座なのでしょうか?


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ではもう一か所、滋賀県長浜市口分田町の野神様です。天満宮境内にありました。


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やはり、この磐座が祀られているように見えます。


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ところが、背後には巨大な切り株。


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そういえば、先の野神様でも、樹木が接していました。


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ご神木と磐座がセットで、野神信仰があったのでしょうか?

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いろいろ調べてみると、樹木だけの野上様、石碑だけの野上様など、いくつもパターンがあるようです。

それにしても、
そもそも野神とは何の神様?
山神とか田の神とかはよく聞くのですが、野神という信仰形態の存在を、私自身は全く意識していませんでした。

奈良県歴史文化資源データベースによれば、

「稲作農耕の守護神のひとつ」「代表的な形態は、蛇のわら巻きを子どもたちが担いで地域を歩いた後、野神様に供える」

とあります。

また滋賀県ホームページには

野神行事は、春、夏、秋に行われていたが、春の野神行事は田植え前に牛を連れて参るもので、終日牛を大切にすることから牛祭のような行事であったが、牛耕の衰退とともに農家で牛を飼育しなくなり行事もほとんど消滅状態になっている。

という部分があり、地域によってそれぞれ違うようですね。


ウィキペディアの「野神」では、こんな記述も。

伊香郡木之本町大見の野神では、山の中へ入り、途中からは履き物を脱いで山道を歩かねばならず、一見して何の特徴もない山中で太鼓踊りが踊られていた。かつて北陸自動車道建設のとき、山中にある野神の移転補償で国の理解が得られなかったことがあったほどである。

野神行事は、村祭りなどと異なり、田や山の中に小祠があり、ムラの主要な行事から外れていることから、簡単に省略されたり変更される運命にあり、保存伝承が保証されたものではない。


驚きました、外部からは軽く見られていて風前の灯火であったとしても、ここでは古式の伝統信仰が残っていたのです。

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これは、三重県熊野市有馬町の花の窟神社


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ご神体である巨岩の、「ほと穴」と呼ばれる大きな窪みがある岩陰が伊弉冉尊の葬地であるとされ、白石を敷き詰めて玉垣で囲んだ拝所が設けられています。


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年2回例大祭を行い、神々に舞を奉納した後、太古の昔から続く「御綱掛け神事」が行われます。日本一長いともいわれる約170メートルの大綱を、ご神体の45メートル近い高さから境内南隅の松のご神木へと渡します。


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『日本書紀』(神代巻上)一書には、伊弉冉尊は軻遇突智(火の神)の出産時に陰部を焼かれて死に、「紀伊国の熊野の有馬村」に埋葬され、以来近隣の住人たちは、季節の花を供えて伊弉冉尊を祭ったと記されています。まさに原始信仰のお社なのです。

そしてここでは、「白石の上は土足厳禁」です。靴を脱いで参拝しなければなりません。

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もう一つ、対馬で1300年間禁足地だった「オソロシドコロ」は、「奇跡体験!アンビリバボー」で取り上げられてから、本土の人々にも知られるようになりました。太陽信仰の天道法師を祀ります。
対馬どころか、日本全体でも最古級の伝統信仰が守られているところです。


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ただの石積み・・・ではありません。本来なら写真撮影をするだけで、祟りを受けても仕方がない聖地です。
伊勢神宮に祭られる、天照大神との関係も謎です。

ここで私たちは、敬虔な地元の方たちが祭祀をされているところに出会い、
「次来るときは裸足でお参りするように」
と注意を受けました。

まあ笑顔で直会のお菓子をいただいたので、大目に見てもらえたかとほっとしたのですが。

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司馬遼太郎は、『この国のかたち 五』の中で、こう書いています。

神道に、教祖も教義もない。
たとえばこの島々にいた古代人たちは、地面に顔を出した岩の露頭ひとつにも底つ磐根の大きさをおもい、奇異を感じた。
畏れを覚えればすぐ、そのまわりを清め、みだりに足を踏み入れてけがさぬようにした。それが神道だった。
 むろん、社殿は必要としない。社殿は、はるかな後世、仏教が伝わってくると、それを見習ってできた風である。


司馬遼太郎ならではの、あまりに端的な表現です。

木之本町の野神は、山中を裸足で歩かなければならないのに、その先には何もない・・・。

野神信仰の起源は、司馬遼太郎の認識さえ超える、根源的な原始信仰をその起源の一つとしているのかもしれません。


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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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