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和布刈神社と瀬織津姫と伊勢神宮

これは、以前記事にした、下関の赤間神宮です。


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赤間神宮から関門海峡の対岸を眺めると、神社が小さく見えました。


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どうもこれは和布刈(めかり)神社らしく、事前に調べていたウィキペディアによると、祭神は「瀬織津姫」でした。
そう、その存在が封印あるいは抹殺されたと言われる、謎の女神なのです。

ミステリアスな謎に包まれた「瀬織津姫」は、本来海の神様であるにもかかわらず、なぜかしばしば巨石信仰を伴います。例えば、六甲山中の六甲比命大善神社。


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また、岡山県玉野市滝の早滝比咩神社は、瀬織津姫命を主祭神としています。


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滋賀県大津市大石中町に鎮座する佐久奈度神社(さくなどじんじゃ)では、巨石累々たる瀬田川が社前に。


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兵庫県たつの市揖西町中垣内に鎮座する井関三神社(いせきさんじんじゃ)は、中垣内川のほとりにあって、瀬織津姫も祀ります。その奥宮がこれです。


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これらから考えると、神功皇后伝説も語られる、由緒の古い和布刈神社にも、巨石信仰があるかもしれません。しかし、赤間神宮から見る限り、海岸にある普通のお社のようにも見えるのですが。

はたして、「瀬織津姫=巨石信仰」というパターンは、ここにもあるのでしょうか?

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関門トンネルを潜り、九州へ。けっこう大回りして、なんとか和布刈神社に到着しました。
すると・・・・ありました。境内に大きな岩が鎮座。


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海岸沿いにある岩とは、岩質が違うようです。
謎めいた盃状穴も穿たれていました。


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ところが、これだけではありませんでした。
本殿にお参りすると、その背後には、予想外の巨大な岩塊があったのです。


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やはりここでも、瀬織津姫は巨大な磐座と関係がありました。

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瀬織津姫と巨石信仰・・・。どうしてもこれを思い浮かべます。

伊勢内宮です。


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このほぼ真北に位置するのが、荒祭宮です。


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伊勢神宮の公式ホームページには、こう書かれています。

荒祭宮は、内宮に所属する十別宮のうち、第一に位しています。殿舎の規模も他の別宮よりも大きく、正宮に次ぐ大きさです。ご祭神は、天照大御神の荒御魂(あらみたま)。

つまりこのお社は、内宮ナンバー2の重要なお社なのですが、何度も記事に書いたように、「天照大御神の荒御魂=瀬織津姫」である可能性が高いと言われています。

なお参考までに、ウィキペディアの「瀬織津姫」から。

瀬織津姫は天照大神と関係があり、天照大神の荒御魂(撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめ))とされることもある。「西宮」の地名由来の大社である廣田神社(兵庫県西宮市)は、天照大神荒御魂を主祭神としているが、戦前の由緒書きには、瀬織津姫を主祭神とすることが明確に記されていた。御神体の神鏡は、元は宮中の賢所に祀られていたのだが、武内宿禰・神功皇后の御代に 廣田神社へ遷したことが、廣田神社由緒書きに記されている。この時期に神社祭祀に大きな変更が加えられた可能性がある。天照大神との関わりは、謎が多い。


そういえば、瀬織津姫を祀る荒祭宮の後方には、こんな巨石がありました。


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この磐座に、かつては瀬織津姫が降臨していたのかもしれません。しかし現在は、案内標識も何もなく、まるで隠されたようにひっそりと存在しています。伊勢神宮の参拝者も、ほぼ100%がここを知りません。
やはり何らかの理由で、封印されたということなのでしょうか。

伊勢内宮のすぐ前は、清らかな水が流れる五十鈴川。


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そして和布刈神社の前は、潮の干満で海水が川のように流れる関門海峡。

「プレ伊勢神宮」の原像を詳しく研究された筑紫申真さんは、伊勢神宮の信仰が広まったのは伊勢御師の活躍があったからだという前提で、
御師が全国的に民衆をその信者に組織することができた理由は、伊勢のカミが、全国共通に存在していた水神信仰(海神=天つカミ=農神=太陽信仰)と共通の基盤をもっていたからであった。
と鋭い指摘をされました。(『日本の神話』 河出書房)

和布刈神社と伊勢神宮、本来は水の神である瀬織津姫を介して、意外なつながりがありそうです。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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