コメント
おかまご
さざなみ様、またまた地方限定のモノを紹介して下さり、ありがとうございます。感謝いたします。
さざなみ様が写真で載せて下さっている、石の上の素朴な石組みの祠、おかまごと言います。阿波・徳島では非常にありふれていますが、あまり他では見かけません。
阿波の青石、つまり緑泥片岩(結晶片岩の仲間)は薄く割れやすい(加工しやすい)ので、板状になったものを組み合わせて、あのように簡単な祠にします。中には、河原の丸石を納めることが多いです。
山の中を歩いていると、ひょこっと、あの手のおかまごがあって、思わず手を合わせてしまいます。里山の頂上にも多く見られます。
https://yamap.com/mountains/9478
にで~んと出てくるのは、上級クラスのおかまごです。
これは辰ケ山の山頂のものです。この手のものは、佐那河内村から神山町、美馬市の南側(旧・木屋平村、旧・穴吹町)、つるぎ町などに沢山あります。
さざなみ様が写真で載せて下さっている、石の上の素朴な石組みの祠、おかまごと言います。阿波・徳島では非常にありふれていますが、あまり他では見かけません。
阿波の青石、つまり緑泥片岩(結晶片岩の仲間)は薄く割れやすい(加工しやすい)ので、板状になったものを組み合わせて、あのように簡単な祠にします。中には、河原の丸石を納めることが多いです。
山の中を歩いていると、ひょこっと、あの手のおかまごがあって、思わず手を合わせてしまいます。里山の頂上にも多く見られます。
https://yamap.com/mountains/9478
にで~んと出てくるのは、上級クラスのおかまごです。
これは辰ケ山の山頂のものです。この手のものは、佐那河内村から神山町、美馬市の南側(旧・木屋平村、旧・穴吹町)、つるぎ町などに沢山あります。
Re: おかまご
鯨 様
貴重な情報ありがとうございます。おかまごと言うのですね(^^♪
そういえば、美馬市の磐境神明神社にも、結構大きな石の祠がありますよね。いったいいつごろからこのような信仰様式ができたのか、研究している方はおられるのでしょうか? それとも古い民俗としかわからないのでしょうか?
対馬にも石の祠が結構あって、相当古い起源かなと思ったりします。
貴重な情報ありがとうございます。おかまごと言うのですね(^^♪
そういえば、美馬市の磐境神明神社にも、結構大きな石の祠がありますよね。いったいいつごろからこのような信仰様式ができたのか、研究している方はおられるのでしょうか? それとも古い民俗としかわからないのでしょうか?
対馬にも石の祠が結構あって、相当古い起源かなと思ったりします。
おかまご2
さざなみ様、レスをありがとうございます。
おかまごの起源や信仰の正体についての研究はあまり見たことがありません。が、阿波学会というのがあり、その中で、祠や神社、庚申さんなどの分布を調べていた紀要があったような。
で、検索してみると
library.bunmori.tokushima.jp/digital/webkiyou/46/277-283.pdf
が出てきました。おふなとさんですが、おかまごでもあります。
library.bunmori.tokushima.jp/digital/webkiyou/45/4525.html
には、ホトケノタオ(タオは峠のこと)のおかまごとして写真が収載されています。
真面目な阿波学会とは趣向が違って、林博章というカリスマ的な先生がおられます。元は高校教師でしたが、退職されて今は、阿波中心史観の敷衍に邁進されています。主張に確たる根拠が無く、決めつけが多いのが大いなる欠点の御仁です。で、
http://www3.tcn.ne.jp/~aska/
に紹介されている本の中に、忌部の遺構として、磐座や比較的大きいおかまごが沢山紹介されています。
御参考になれば幸甚です。
おかまごの起源や信仰の正体についての研究はあまり見たことがありません。が、阿波学会というのがあり、その中で、祠や神社、庚申さんなどの分布を調べていた紀要があったような。
で、検索してみると
library.bunmori.tokushima.jp/digital/webkiyou/46/277-283.pdf
が出てきました。おふなとさんですが、おかまごでもあります。
library.bunmori.tokushima.jp/digital/webkiyou/45/4525.html
には、ホトケノタオ(タオは峠のこと)のおかまごとして写真が収載されています。
真面目な阿波学会とは趣向が違って、林博章というカリスマ的な先生がおられます。元は高校教師でしたが、退職されて今は、阿波中心史観の敷衍に邁進されています。主張に確たる根拠が無く、決めつけが多いのが大いなる欠点の御仁です。で、
http://www3.tcn.ne.jp/~aska/
に紹介されている本の中に、忌部の遺構として、磐座や比較的大きいおかまごが沢山紹介されています。
御参考になれば幸甚です。
Re: おかまご2
鯨 様
またまた貴重な資料をご教示いただき、ありがとうございます。
阿波学会の研究は、まさに「阿波学」ですね。参考になります。
一方、林博章という方の著作には、「京都大学名誉教授・文学博士 上田正昭氏 推薦!」と書いてありました。あの上田正昭さんの推薦となれば、ただのマニアではなく、鋭い問題提起が含まれているのでしょうね。
ところで郷土研究発表会紀要第45号・穴吹町の伝説「旗屋の窪」などは、巨石マニアがざわめく巨石群でした。
阿波は奥深いですね!
またまた貴重な資料をご教示いただき、ありがとうございます。
阿波学会の研究は、まさに「阿波学」ですね。参考になります。
一方、林博章という方の著作には、「京都大学名誉教授・文学博士 上田正昭氏 推薦!」と書いてありました。あの上田正昭さんの推薦となれば、ただのマニアではなく、鋭い問題提起が含まれているのでしょうね。
ところで郷土研究発表会紀要第45号・穴吹町の伝説「旗屋の窪」などは、巨石マニアがざわめく巨石群でした。
阿波は奥深いですね!
旗屋の窪??
さざなみ様、興味を持っていただいたようで、嬉しく存じます。
旗屋の窪について、全然聞いたことがなかったので、どこなのだろうと調べてみました。場所からいって、既にさざなみ様が訪れている石尾神社のことではないかと。石尾神社のあるのは字平谷となっていますが、地図からいうと字喜来のようです。
ちなみに、谷筋が西に一つずれると、剪宇(きりう)峠に向かう道になります。剪宇峠の直下まで林道がついていますが、峠を越えてつるぎ町の方には下りられません。ふた昔前は、ツチノコで有名になり、ツチノコ神社ができたはずです。
穴吹町古宮の真ん中に聳える山が正善山で、杖立峠から頂上直下までいつのまにか林道を開削しています。神仙が憩うような良い雰囲気の巨石に囲まれた場所があって、初夏にはヤマシャクヤクが咲いて、登山中に一息ついたものですが、土捨て場になり果てました。
旗屋の窪について、全然聞いたことがなかったので、どこなのだろうと調べてみました。場所からいって、既にさざなみ様が訪れている石尾神社のことではないかと。石尾神社のあるのは字平谷となっていますが、地図からいうと字喜来のようです。
ちなみに、谷筋が西に一つずれると、剪宇(きりう)峠に向かう道になります。剪宇峠の直下まで林道がついていますが、峠を越えてつるぎ町の方には下りられません。ふた昔前は、ツチノコで有名になり、ツチノコ神社ができたはずです。
穴吹町古宮の真ん中に聳える山が正善山で、杖立峠から頂上直下までいつのまにか林道を開削しています。神仙が憩うような良い雰囲気の巨石に囲まれた場所があって、初夏にはヤマシャクヤクが咲いて、登山中に一息ついたものですが、土捨て場になり果てました。
Re: 旗屋の窪??
鯨 様
なるほど、石尾神社なら規模的には合いますね。部外者ゆえ、詳しい地名はわかりませんが、地形的に合理性があるなら納得です。
神仙が憩うような良い雰囲気の巨石に囲まれた場所・・・いやー、巨石マニアにとっては理想郷でしたね(^^♪
なるほど、石尾神社なら規模的には合いますね。部外者ゆえ、詳しい地名はわかりませんが、地形的に合理性があるなら納得です。
神仙が憩うような良い雰囲気の巨石に囲まれた場所・・・いやー、巨石マニアにとっては理想郷でしたね(^^♪