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七夕の起源と神社の意外な歴史

これは、本日が誕生日という、星のアイドル・おりひめちゃんです。
所属芸能事務所?は、交野市の「機物神社(はたものじんじゃ)」のようです(^^♪。


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この近くの星田妙見にも、七夕の絵がありました。
「七夕伝説発祥の地」と言われるくらいですから、当然ですね。


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ついでに、星田妙見の社殿と「織女石(たなばた石)」の巨石信仰。


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ここは、映画『君の名は』の元ネタ、モデルの地として有名なのだそうです。


さらに星の伝説という意味では、先日の記事で触れた獅子窟寺の巨石も近くにあります。


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さて、星のアイドル、おりひめちゃんが所属する機物神社とは、どんなお社なのでしょう?
ホームページには、神社の起源が記されていました。実は、なかなかショッキングな内容です。


当時、交野山と太陽の位置関係で、ある特殊な日に特別な現象が起きることに着目して大陸から呪詛祭祀の習慣を持ち込んで、祭祀の場を「堂(くつ)」と言う神堂を設けたのが創まりではないかと言われています。特別の日の特別な現象とは、冬至の日に、 機物神社の境内から交野山に重ね合わされた日の出が見られることです。
このために、この場所は特別に神聖視された祭祀の場所となったようです。条件がよければ、冬至前後の数日間は交野山山頂に日輪が光り輝く直前に交野山の裏側に白道(しろみち)(白い光の帯)が奔り、朝日山を鮮やかに浮き立たせる現象を一瞬見ることができるようです。祀ができる以前は交野山(岩屋)そのものが、機物神社の御神体であり誠に広大な地域を有していました。長岡京が当神社の御神体であった交野山の真北に配置されていることが道教的世界観に基づくものであることはよく知られているところです。



これが冬至の朝、神体山の交野山から昇る朝日です。


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そして、その交野山の頂上。


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神体山と太陽信仰と巨石信仰、ごく日本的な信仰であるはずが、「堂(くつ)」とか「道教的世界観」とか、なんだか異質な言葉が並んでいます。

日本における神社信仰は、日本独自の宗教だとぼんやり考えているとうろたえます。
しかしそもそも、七夕は道教由来の星辰信仰から来ているようです。庚申信仰や端午の節句等と同じですね、

先日も載せた、孝明天皇の衣装と北斗七星。これも中国由来の道教思想でした。

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あるいは天武天皇の和風諡号も示唆的です。ウイキペディアにはこう書かれています。

和風(国風)諡号は天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと)。瀛は道教における東方三神山の一つ瀛州(残る二つは蓬莱、方丈)のことである。真人(しんじん)は優れた道士をいい、瀛とともに道教的な言葉である。

歴代天皇の中でも、とりわけ天武天皇は道教と深い関係があったわけです。

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日本の国内において、いわゆる「内地」の神社文化と、沖縄県のウタキ信仰は、あきらかに異なる面があります。
同じように、朝鮮半島内部の信仰文化と、離島である済州島の信仰文化もまた、違いが目立ちます。

かつて済州島(耽羅国)は独立国で、その言語は韓国本土と異なり、新羅の朝鮮半島統一後は新羅にも日本にも朝貢を行って、独自の文化を保持しながら多面外交を行っていました。日本本土と沖縄(琉球)の関係にも似ていますね。

このブログでも、
「三姓穴」の奇妙な神話・アンミカさんと済州島と巨石信仰 2023/05/31
の記事の中で、済州島の神は地面から出てきて、日本から来た三人の姫と結婚したという、『高麗史』地理志に引用された神話を紹介しました。


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(在済州日本国総領事館様ホームページより)


さて、機物神社のホームページに書かれていた「堂(くつ)」とは何か?
七夕とは少し離れますが、重要なので少し紹介しておきます。

  ★

外務省のホームページには、各国大使館だけでなく、在外公館のリストも載っています。その中のひとつに、在済州日本国総領事館(Consulate-General of Japan in JEJU)があります。

ここのホームページでは、済州島の文化と日本の文化との関係等について、さまざまな発信をされています。
その中で大変興味深い、この二つの記事を紹介します。


≪済州島の神様を祀る「堂(タン)」~日本とも影響し合ってきた? 済州の民間信仰の舞台≫

これまで、済州の開闢の地である「三姓穴」や、済州島の伝統的な神事「チルモリ堂霊登クッ(チルモリダンヨンドゥンクッ)」の視察を通じて、済州では、日本と同様に、アニミズムやシャーマニズムの伝統が強く残っていることを紹介してきました。また、その中で、済州の各集落には、日本各地の鎮守の神様や、沖縄の御嶽(うたき)を感じさせるような、神様を祀る聖所「堂(タン)」があることも紹介しました。



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(松堂(ソンダン)の「本郷堂(ポンヒャンダン)」)


≪済州と日本の神様のあり方は影響し合っている?≫

 以上、玄丞桓教授と「堂」を訪問し、済州の神様を感じたのを機に、日本の本土、沖縄・奄美のそれぞれの神様のあり方との共通点と相違点を考えてみました。互いにどの程度影響し合ったのかについては、諸説ありながらも、分かっていないことも多いようですが、玄丞桓教授のお話しどおり、「済州と日本は、アルタイ・ツングースからの北方の影響、黒潮に乗ってやってきた南方の影響、そして道教の影響がミックスされたアニミズム・シャーマニズムを伝統文化の根底に有するという点で共通しており、また、そのバランスが全体として見ると大変似ている」ということは最低限言えるのでしょう。それぞれの皆さんにとって、それぞれの神様が大事であることは間違いの無いところですが、よそ様の神様に、なんだか懐かしいような親近感を感じるというのも、実は結構すごいことなんだと思われました。


さらには、青森県との関係まで。

済州特別自治道は、青森県と姉妹都市の関係にあり、様々な面で活発な交流が行われてきていますが、青森県はイタコ文化でも有名ということで、シャーマニズムつながりの姉妹都市関係という側面もあります。夏の大祭でイタコの口寄せが行われる霊場恐山の写真です。


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下は、私が写した、恐山の風景です。


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更にこんなことも。

済州野焼き祭りに感じる日本との縁
 日本でも、済州市の国際交流都市・別府市「扇山火まつり」はもちろんのこと、奈良の「若草山焼き」、伊豆の「大室山焼き」、岩手県一関市の「藤沢野焼き祭り」等々、神事として行われたり、縄文時代や古墳時代にまで遡るような野焼きの文化が見られます。済州の野焼きを眺めながら、済州の野焼きを巡るお話に接すると、済州と日本は、どうもどこか根っこのところでつながっているようだということが、改めて実感されます。


こちらは済州島の方。済州島有数のすすきの名所です。

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(在済州日本国総領事館様ホームページより)


一方こちらは、奈良の若草山。

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これらは同じ系統の、東アジア文化なのでしょうか。


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(在済州日本国総領事館様ホームページより)


衣装や言語だけみれば、現代日本人は朝鮮文化に違和感を感じるかもしれません。しかし、おそらく飛鳥時代の日本人は、そうではなかったはず。本質的なところに、隠れた共通性があるのは確かなのでしょうね。

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なお、平凡社の『原始の神社をもとめて』という本の冒頭は、「済州島の堂との出会い」という項から始まります。


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著者の岡谷公二さんは、
私が済州島の堂に心を惹かれたのは、そのありようが、いかにも沖縄の御嶽に似ていたからである。
と記されています。大変詳しく書かれているので、もし興味のある方がおられたら、ぜひ読みください。

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さて、まあこんなことを書くと、「神社神道は日本独自の信仰であり、韓国や中国と一緒にするな」、なんて声が聞こえそうです。こういう方は、「日本の科学技術やモノ作りは世界有数であり、海外の製品は信用しない」という方かもしれません。
しかし、日本製であろうとなかろうと、部品の多くは海外製です。パソコンやスマホ、家電から自動車まで、あらゆる電子製品の製造に欠かすことのできないのが半導体ですが、日本の自給率は三割をはるかに下回ります。信頼できるはずの日本製パソコン・日本製スマホでも、心臓部はほぼ外国製なのです。

私たちの国は昔から、道教や仏教や儒教はもちろん、マレー系やイラン系の信仰文化を含めて、複雑に取捨選択し、うまく組み合わせて「日本の信仰文化」を形成してきました。スマホやパソコンがさまざまな国の部品からできているのと同じです。

というわけで、七夕を機会に、文化の流れについて考えるのもいいかと思い、記事を書きました。

韓国では七月七夕(칠월칠석、チルォルチルソッ)といい、この日に牽牛と織女が1年ぶりに会ってうれし涙を流すため、絶対に雨が降ると信じられているとか。その日の晩に雨が降れば、それは牽牛と織女が流すうれし涙、2日間、夜に雨が続けば別れを惜しむ涙だと言われているそうです。
これはこれで、ロマンチックですね。

で、私的結論です。
日本の七夕信仰は、同じ道教文化圏である朝鮮半島経由で交野市の機物神社などに伝わり、広がっていったようです。短冊に願い事を書くのも、神社仏閣のお札と同じで、道教の霊符が起源でしょう。
映画の『霊幻道士』では、道教呪術の使い手である「道士」がキョンシーにペタペタお札を貼りますが、あれと起源は同じということです。
さらに母親が百済系王族の子孫とされる桓武天皇も、交野周辺の文化には親近感があったはず。

・・・最近また、日韓対立をあおるようなヤバい人がいましたが、反日でも嫌韓でもない、フツーのご近所付き合いができるようになることを、七夕の夜に祈りたいと思います。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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