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藤原鎌足という不都合な真実と巨石文化・鎌足は百済王子?

先日は、鎌足の古墳である可能性が極めて高い阿武山古墳から見ると、公式には継体天皇陵古墳とされてきた大田茶臼山古墳の彼方に、藤原氏の氏神である枚岡神社が正確に位置することを記事にしました。


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(もちろん、中臣氏と継体天皇は、ここ三島で緊密な関係であったという事実を基にした推論です。)

今回は、阿武山古墳から見る、もう一つの継体天皇陵古墳たる、今城塚古墳の彼方に何が位置するかを書きたいと思います。


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下の地図をご覧ください。




茶色の阿武山古墳と緑色の大田茶臼山古墳(旧継体天皇陵古墳)と青色の枚岡神社を結ぶ黒線を、先日の記事にしました。

では、同じく茶色の阿武山古墳と、紫色の今城塚古墳を結ぶ延長線上には、いったい何があったのでしょうか?

それは、交野山の巨大な磐座でした。ここには観音岩と呼ばれる巨石があり、現地に行くと「交野山古代岩座跡」という石柱が立っています。


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(望遠で見ると、高槻からはっきり見えます。)

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ここからは阿武山をはじめ、高槻や茨木の山々がはっきり見えます。

いやいや、管理人さんが巨石マニアなのは知っているけど、交野山の巨石は鎌足とは何の関係もないでしょ。無関係なものを結んでも意味がないと、自分でよく書いてたじゃないですか⁉

なんて言われそうですね。
それについて書きます。

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交野山は、交野市倉治の機物神社(はたものじんじゃ) の神体山とされます。


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この機物神社から見ると、冬至の朝日は交野山に昇ります。


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その機物神社のホームページには、創始についてこう書かれています。

起源は古く四~五世紀にあるとも考えられますが、五~六世紀の頃に秦氏に代表される交易商人によって組織された養蚕布織の技術を持った民が大陸から渡来して、一部の集団が東部産地の麓に定住した時といわれています。


このお社は、渡来人の秦氏と養蚕布織の技術がキーポイントですね。

神社のアイドル、おりひめちゃんです。


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一方、先ほどの地図で、阿武山古墳の西側山麓を拡大していただくと、セブンイレブン桑原店など、そこは「桑原」という地名であることが分かります。
鎌足が大化の改新を決意したという光明石の写真を見せていただいたのも、桑原の地福寺様でした。


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『日本書紀』では、大化の改新の前に、鎌足は「三島別業」にいったん隠居したと書かれますが、その「三島別業」はここかともいわれる重要な場所が桑原、特に地福寺付近なのです。

ではこの「桑原」とはどんな地域なのでしょう。

『新修 茨木市史 史料集1』 には、こう記されていました。

七 桑原村村史
摂津国島下群桑原村
本村桑原ト名クル原緒ハ 人皇廿二代雄略天皇の御宇 呉国ノ人来テ女工漢織呉織ヲ献シ 養蚕ノ業初メテ盛ンニ当テ 此地ニ多ク桑田ヲ開拓シ・・・



機物神社(はたものじんじゃ)と同じ、繊維産業なのですね(^^♪

桑原村の本村は安威村(あいむら)ですが、この「あい」とは、中臣藍(なかとみあい)氏から来ています。「藍染」の原料であり、当時は高価な貴重品であった「藍」を栽培していたとすると、すべてがつながるのです。

中臣藍氏や中臣太田氏など、中臣一族の本拠地を見下ろす阿武山に自分の古墳を造り、古代中臣が一体となって支援した継体天皇関係の巨大古墳の彼方に、藤原氏の氏神である枚岡神社があり、一方では同じ職能の機物神社の巨石信仰を仰ぎ見る。

これを単なる偶然と見ることはできないと思います。
鎌足が何者であるかはわかりません。しかし、鎌足を出した三島の中臣集団は、先進渡来文化の機織りや染色に関わり、更には巨石文化を占い(卜部)の要素として認識していたのではないのでしょうか。

鎌足の謎に、半歩でも近づけていたら幸いです。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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