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淡島神社と記紀神話の謎

和歌山県の加太に鎮座する、淡島神社。


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ネットの中には、下の人形の中に、一体だけ怪しい人形があるなどと記すものもありました。(ホンマかいな)


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このお社の奥深くには、髪の毛が伸びる人形があると、神社ホームページにも明記されています。
そういえば、極悪人形が登場する、映画「チャイルド・プレイ」を見たとき、
《よし、チャッキーが襲いかかってきたら、玉置神社の鈴と弘法大師の三鈷(もちろんどちらも小さな土産物)で防ごう》
とまじめに思いましたから、人形には魂が宿るという観念は、日本人の民俗DNAのなかにしっかり位置づいているのかもしれませんね。
まあチャッキーには、Ridiculous, such a thing doesn't make senseとかなんとか言われそうではありますが(>_<)

ところで、祭祀的には、人形等が集められる意味はあるのでしょうか?
例えば、お地蔵さん?が大量に集まった、津軽の川倉賽の河原地蔵尊


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ここは津軽における民間信仰の聖地であり、この近くで育った太宰治は、ここを「形容すべからざるもの」と表現しています。


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ここは、幼くして亡くなった子どもを供養するために奉納された、大小2000体を越える地蔵尊が、まるで生きているように見える霊場です。
子どもに限らず、亡くなられた方の写真や遺物が供えられているのですが、それぞれが不思議なくらい着飾っています。「せめて死出の衣装は立派に・・・」という親族の思いなのでしょうか。

津軽はその昔、飢饉や凶作が幾度も起こり、子どもが餓死することもあったそうです。その慰霊のため、地蔵を納める風習がありました。いまも信仰は残り、お参りする方は絶えません。大祭にはイタコさんも来ます。

しかし、加太の人形の意味とは、どうも違うようですね。

関係があるのは、多分こちらでしょう。
ここは、鳥取市用瀬町にある、流しびなの館です。


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流し雛はもともと物忌みの行事で、、紙などで人形(ひとがた)を作って体をなで、災いをその人形に移して川や海に流す行事から生まれた風習です。


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「源氏物語」に、源氏の君が祓いをして人形(ひとがた)を舟に乗せ、須磨の海へ流すという記述があることから、原型は少なくとも平安時代にはさかのぼるようです。

  ☆

実は、加太の淡島神社にも、流し雛の風習があります。
ただし、その趣旨はホームページにこう書かれています。

本殿でお祓いを受けた人形を満載した白木の舟がしずしずと進んでいきます。
舟にぎっしりと積み上げられた無数の人形たちは、先導する舟に引かれ、沖へ沖へと
向かっていきます。波のまにまに揺られて、浮かんでは沈み、波間に見え隠れする
人形たち。キラキラと輝く海面を進む、黄金色や朱色のあでやかな着物をまとった人形
たちは、まるで生きているようです。心が澄みわたる瞬間が訪れ、手を合わす人、俳句や短歌を詠む人、シャッターを切る人、たたずむ人、涙ぐむ人・・・ひとりひとりの思いが神の国へと流れていきます。


とはいえ、神社ホームページには、
天照大御神の女(むすめ)で、住吉大神の后(きさき)になられた『淡島様』が婦人病を患ったため、海に流されてしまう
という由緒も記されています。元々はやはり、身の穢れを人形に託し、水に流して清める意味の民俗行事ではないのでしょうか。

 ☆

さて、淡島神社は海際に鎮座しています。
鳥居の前は港。


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鳥居の横からは、友ヶ島が見渡せます。


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日本神話では、イザナギとイザナミの神が、海に漂っていた脂のような国土を天の浮き橋から天沼矛でかき回して、最初にできたのが淤能碁呂島(おのころ島)です。
そして、その淤能碁呂島を現実の国土に比定した場合、最有力の場所がこの友ヶ島なのです。

まさに、日本神話成立の謎を秘めた島だと言えます。

ところで、友ヶ島の遥か左側にも、小さな島影が浮かんでいます。(中央の大きな島影は淡路島)


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地図で確かめると、沼島のようです。
この沼島の海に立つ、上立神岩、別名天の御柱もまた、友ヶ島につぐ「淤能碁呂島」の有力候補地でした。


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上立神岩は、高さが30mという巨大なもの。淡島神社から見えるはずと望遠で見ますが、曇りの日で視界が悪く、結局確認できませんでした。

それでもいつもの癖で、淡島神社と沼島を結んだ延長線上に、何か重要な場所が位置しているのではと勝手な想像をしました。
地図で調べると、続々と不思議な事実が出てきたのです。
今回は、そのうちの一つだけ紹介します。

下をご覧ください。
オレンジ色の淡島神社と、紫色の上立神岩を結んだ延長線上に、なんとあの剣山(黄色)が位置していたのです。




徳島県の最高峰剣山は、ソロモン王の秘宝伝説を信じる人が今でも存在する、標高1955m、西日本第2位の高山です。
山岳信仰や磐座信仰があることは、下の写真を見ていただければわかります。


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そして、まるで上立神岩に対応するような、巨大な岩塔。


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もちろんこれだけでは、単なる偶然にすぎないと誰もが考えると思います。
しかし、奇妙な一致はそれだけではありませんでした。淡島神社と友ヶ島を結んだ延長線上にも、偶然とは考えられないものが位置していたのです。

つづく


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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