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冬至とクリスマスと太陽信仰

12月5日の深夜、日本対クロアチアのサッカー中継の裏番組で、
ドリフのクリスマスプレゼント 82』が放送されていました。

1982年かあ、あのころはドリフ大爆笑が人気だったな、メンバーもみんな若くて元気だし・・・・
「♬~ド ド ドリフの大爆笑♪」スクールメイツがポンポンで踊るオープニングの後、いかりや長介さんが単独で登場して、今回のテーマであるクリスマスの起源を説明します。
どうせキリストの誕生日が起源と言うのだろうと予想していたら、見事に違っていて驚きました。
いったいどんな説明だったのでしょう?

ドリフ修正
(これは夏のテーマの時ですが)

今回の記事は、それにかかわる話題です。

 ☆

去年も載せましたが、伊勢神宮(内宮)の宇治橋は、冬至の朝日が昇ることで知られます。


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この事実は、伊勢神宮の公式ホームページにも、きちんと書かれていました。
≪内宮 宇治橋からの日の出≫という項目において、

11月下旬~1月下旬 午前7時半頃
冬至を中心として前後1か月、内宮宇治橋の大鳥居から昇る美しい日の出を望むことができます。
密集にならないよう譲り合ってご覧下さい。


そして、宇治橋の中央に昇る、まぶしい朝日の写真が掲載されていました。

ところで、すくなくとも室町時代には宇治橋は存在したそうです。にもかかわらず冬至の頃の日の出に伊勢神宮側が気づいたのは、1980年代に参拝客が指摘してからだとか。
それまで誰も知らなかったというのです。何とも不思議ですね。
ひょっとすると伊勢神宮創設時の太陽信仰は、現在に伝わってない、あるいは意図的に消された部分があるということでしょうか?
もしそうなら、いつ、だれが、何のために?

ちなみに、冬至の朝日が特別の状況下に昇るというのは、各地で見られる現象です。
姫路市の高岳神社では、磐座の凹んだ部分に冬至の朝日が昇ります。


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大阪府交野市倉治の機物神社(はたものじんじゃ) では、冬至の朝日が神体山である交野山から昇ります。


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その交野山頂に観音岩と呼ばれる巨石がそそり立っていることはよく知られています。
まさに巨石太陽信仰ですね。


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岐阜県下呂市にある、岩屋岩陰遺跡も、冬至や夏至との関係があるとされます。


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 ☆

『ドリフのクリスマスプレゼント 82』に戻ります。

いかりや長介さんは、番組冒頭で「クリスマスの起源」をどう説明したのか?
それは、こうでした。

「長い冬のさ中、春への光明を期待した冬至の祝日、いってみれば太陽崇拝の行事・・・」

いや驚きました。クリスマスは冬至起源で、太陽崇拝とまで明確に説明しているのです。
実際、クリスマスは、「キリストの降誕を記念する祭日」ではあっても、キリストの誕生日ではありません。ネットで簡単に調べられない時代なのに、長さんがちゃんと正確な歴史的背景を述べていることに感心した次第です。(原稿は制作プロダクションだとしても)
ちなみに、『8時だョ!全員集合』も『ドリフ大爆笑』も、日本PTA全国協議会のアンケート、「子どもに見せたくない番組」にランクインしていましたよね。
お節介の極みだと思うのですが・・・

  ☆

世界各地で冬至祭が祝われていたのは、最も弱くなった太陽の力を復活させるため、あるいはその日が無事過ぎ去ったことを祝うためです。クリスマスも、イラン発祥のミトラ教の冬至祭儀や、ドイツ北欧のキリスト教以前のゲルマン人の冬至祭がキリスト教と混淆してできたものだとされます。

また中国でも、夏王朝以前や周王朝では冬至を1年の始まりとしていました。近世語で冬至を「唐の正月(からのしょうがつ)」というのは、中国で冬至を元旦としたからです。
おおざっぱに言うと、クリスマスも正月も、その起源は同じようなものですね。
「クリスマスと正月は結局一緒だから、クリスマスプレゼントかお年玉か、どっちか一つにするよ」・・・いや、ぜったい嫌われるな。

  ☆

比較神話学の権威である大林太良や吉田敦彦によると、クリスマスの起源の一つであるミトラ教の冬至祭儀は、『出雲国風土記』の「加賀の神埼」の伝説に似ているとされています。「ミトラ神」は「ミスラ神」とも称し、「加賀の神埼」で生まれたのは「麻須羅神(マスラ神)」で、名前までよく似ています。


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この潜戸では、夏至の朝日が射し込むことで知られます。


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夏至の朝日の方向の反対側は、ほぼ冬至の夕日が差し込む方向です。

この法則通り、「夏至の宮」とよばれる吉備津彦神社では、冬至の夕日が本殿の上に沈みます。


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さて、ウィキペディアに「神話学の第一人者」と書かれていた松前健氏は、「天の岩戸神話=鎮魂祭=冬至祭儀」という構造だとされました。


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となると、クリスマスも冬至正月も伊勢内宮宇治橋も、そして天の岩戸神話もまた、それぞれの祭祀的土台は同じということになります。

太陽の生と死、あるいは復活というものが、いかに古代祭祀において重要だったかがわかるような気がします。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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