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巨大ドルメンの夢

前回は、日経サイエンスのメンヒル(立石)から始まる話題でした。
巨石文化のメンヒルといえば、次はドルメンが思い浮かびます。


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上はシンプルなドルメンですが、現実にはさまざまなタイプがあるようです。
「もしこれが古代巨石文化のドルメンだったらスゲーよな⁉」
なんて声が聞こえてきそうな巨石をまとめました。

  ☆

まずは、愛媛県大洲市の粟島神社


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愛媛県神社庁のホームページにはこう書かれています。

現在の粟島神社は元は、大元神社といいましたが、明治44年11月に南山神社に合併合祀されました。
その名残として、拝殿の屋根の瓦に大元の「大」の文字が刻まれて残っています。
その後、昭和9年11月7日、北只字高瀬鎮座の少彦名神社、北只字城村鎮座の粟島神社、北只字中屋敷鎮座の天神社、北只字尾崎鎮座の天神社の四社を現在の鎮座地北只字常森に移転合併しドルメン(巨石)の上に御殿を建立し合祀された神社です。


つまり愛媛県神社庁が「ドルメン(巨石)の上に御殿を建立し合祀された神社」と認めているのです。


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ただし、社殿に隠れて、巨石部分の構造が残念ながらよくわかりません。

  ☆

次は、中央の巨石で落下を防ぐ岩屋様式のドルメンです。
まずは、奈良県山添村の桝型岩


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  ☆

大阪府交野市の獅子窟という岩屋も同じ様式ですね。


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  ☆

愛知県瀬戸市の岩屋堂も不思議な形です。


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ここは、725年に名僧行基が草庵を結び、この岩窟内で三体の仏像を彫刻し、聖武天皇の病気平穏を祈願した霊跡です。

  ☆

『遠野物語』の第11話に登場する続石は、岩手県遠野市にある奇岩です。


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  ☆

こちらは、琉球最初の歴史書『中山世鑑』の琉球開闢神話で、祖神アマミキヨによって一最初めに作られたという安須杜の一画にあるドルメン。


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  ☆

源斎岩(げんさいいわ)は、岐阜県中津川市千旦林の奥恵那峡にある奇岩です。


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  ☆

愛知県豊田市の風天洞


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  ☆

京都府笠置町の笠置寺境内のドルメン。


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いかがでしょうか。もちろん単なる自然石もあるでしょう。

かつて戦時下の東アジアを走破した人類学者である鳥居龍蔵氏は、アジア各地のフィールドワークで得た知見を元に、日本各地の巨石もヨーロッパの巨石文化と同じドルメンやメンヒルだとされました。しかし緻密な発掘や考証を経ずに即断されたためか、「鳥居さんのドルメン」と言えば、後の歴史学者の間で「あてにならないものの例え」だったそうです。
自分の専門領域に異説が唱えられることを極端に嫌う、お偉い学者さんたちを無視して、鳥居博士の様なチャレンジ精神を持ちたいものだと思います。


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コメント

巨石文化は謎に包まれている

>自分の専門領域に異説が唱えられることを極端に嫌う、お偉い学者さんたちを無視して、鳥居博士の様なチャレンジ精神を持ちたいものだと思います。

○そのとおりだと思います。
 そして、その巨石文化は、誰がなんのために作ったのか未だに謎に包まれています。

Re: 巨石文化は謎に包まれている

レインボー様

> そして、その巨石文化は、誰がなんのために作ったのか未だに謎に包まれています。

ほんとにそうですね。巨石文化といっても、南方系もあれば北方系もあり、その意味も同じではないと思うのですが、国内一律の研究が多いように思います。比較神話学では、類似した説話の出所が世界各地と詳しく比較研究されてきたのに、巨石・磐座系の研究では、それがなかなか進んでいないと思います。

素晴らしいブログです

巨石・磐座に関する情報を検索していてこちらのページにたどり着きました。無名に近い磐座やドルメンについてもここまで詳しく網羅し考察されているサイトは他にないと思いました。
これからじっくり読ませていただきます。

私も趣味の範囲内ですが古代日本の実像について調べていて、つい最近、そのためのYouTubeチャンネルを作りました。

その過程で、奈良の酒船石は、淡路島を中心とする太陽の運行のラインとそれに基いた都市設計が象徴的に描かれているのではないかと解釈しました。
この動画の11分あたりでそれについて言及しています。
https://www.youtube.com/watch?v=vZujbYbiim8

この酒船石の解釈についてsazanamijiro様のご意見を伺ってみたいです。クリティカル・シンキングで矛盾点など気付いたことなどあればお願いします。
これからこちらのブログの情報も参考にさせてもらいつつ、私も現地を実際に訪れて共に古代の実像を解き明かしていきたいと考えています。

Re: 素晴らしいブログです

悠 様

三輪山頂奥津磐座群の主要な岩は、大和三山を含む巨大地形の縮図として置かれているのではないかという説があり、冬至や夏至線にも関わるとするものです。私も可能性があると思っています。日本庭園に須弥山があるのもまた、縮図あるいはミニチュアの思想ですから、酒船石にその要素が隠れていて不思議はないと思います。
ただ、それを世間から納得してもらうためには、考古学を含むさまざまな論証が必要で、そこが難しいですね。
ちなみに淡路島の伊弉諾神社から対馬の海神神社へ延びるラインを検証すると、小豆島の重岩または江洞窟などの重要ポイントが乗ってくるかもしれません。岡山県玉野市の玉比咩神社もラインに近いです。ほかにもいろいろあるようで、なかなか面白そうですね。

No title

ありがとうございます。さっそく調べてみたら、重岩と玉比咩神社はかなりラインに近く、江洞窟に至っては玉石を貫いているのかと思えるほど完璧にライン上にありました。瀬戸内海周辺は特に気になる巨石がたくさんありますね。

この主張にどう説得力を持たせるかというのは確かに難しい問題ですね。私は、これまでの目に見えるものだけを考察する考古学的アプローチでは巨石文明はそもそも論証不可能なのではないかとも思います。
役に立つのは考古学ではなく数学なのではないかとも。
例えばですが、アラン・チューリングが発見したチューリング・パターンの方程式は生命の縞模様などに規則性があることを実証したものですが、古代人も何らかの規則性に従って巨石構造物を配置しているような気がするのです。
私にはその方程式を見つけられるほどの頭脳はありませんが、その考え方を動画を通じて提唱し、それを見て興味を持って探求してくれる賢い人が一人でも出てくれれば何よりうれしいことです。
もしその方程式が見つかれば、未発見の遺跡・巨石や海底遺跡などの配置が予測できるかもしれません。
(1万〜2万年前の氷河期は海水面が今よりはるかに低かったことは科学的にも明らかなので、海底に遺跡があっても何ら不思議ではないと思います)。
偉そうなことを書きましたが、所詮は趣味なので、ただこういうことを考えること自体が楽しいだけなんですけどね。

Re: No title

悠 様

法則性や方程式の意義や必要性が、そもそも何のためなのか、ということから理論を構築するのは大変だと思いますが、新たな分野を開拓されることを楽しみにしております。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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