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ここが日本かと驚く異様な信仰文化とは?(続編)

前回、飛鳥にある謎の「猿石」が、インドネシアの石造文化と酷似していると書きました。


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(こちらは飛鳥)


実は柳田国男も『日本の祭』という書物の中で、神社信仰の基層的文化である「御散供」、「ウチマキ」、「御捻り(オヒネリ)」に関して、
「本来は穀物に特別の力があるように、考えていたためかとも思われて、現に米を栽培するマレー人などの中にも、この風習の盛んに行われていることは、スキート・ブラグデン、近くは宇野教授の著述によく見えている」
と記しています。

古代の外来文化は、朝鮮半島や中国から来たもの以外に、マレー文化など様々な外国文化が黒潮と共に流入したものも多いはずです。

となると、神社に関わる巨石・磐座信仰なども、流入当初は同一の概念で解釈できるものではなく、それぞれ独自性があったのではないか?

そんな意味も込めて、《ここが日本かと驚く異様な信仰文化とは?》というテーマで集めています。
これは、特集として過去に紹介した遺跡です。


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で、今回付け加えるのは・・・

まずはこれ、兵庫県朝来市佐嚢には、先日のテレビで「日本のパルテノン」として放映された建物があります。


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おっとこれは、近世の産業遺跡でした、失礼‼

次はこれ。


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いやいやこれも、滋賀県竜王町の三ツ山古墳群に一つだけ残った、老々塚古墳の残骸でした。
どーもすいません。

というわけで、不思議な姿でも、身元確実な遺跡を除くと・・・・ 

  ☆


まずは岡山県赤磐市奥吉原にある、熊山遺跡という階段ピラミッドのような遺跡です。


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最下部は、一辺11.7mの方形基壇
一段目は、一辺7.7m、高さ1m
二段目は、一辺5.2m、高さ1.2m
三段目は、一辺3.5m、高さ1.2m
の石積み構造です。 2段目には、龕(がん)と呼ばれる四角い横穴が4面に設けられていました。

現地の説明パンフには、
古くはその形状から、僧尼が戒律を授かるための施設である戒壇であったと考えられていたほか、経塚説や墳墓説が唱えられていました。
と記されています。

ところが不思議なことに、この熊山遺跡を含めて何と33か所もの石積み遺構がこの山にあるそうです。それぞれ性格が異なり、規模や形態、建造年代も様々だというのですから、かなり古い時代から、石積み遺構が存在したかもしれません。
「熊山遺跡は仏教施設と関係する仏塔である」と結論しただけでは、熊山全体の秘密を解明したことにはならないわけですね。

五来重氏は『石の宗教(角川選書)』のなかで、
熊山遺跡の「神聖なる磐座(岩盤)」が重要な意味を持つ
と推理されていたことがわかりました。

この土台部分ですね。


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やはり、単なる仏教遺跡ではなく、原始神道との関りがあるようです。

  ☆

次は、鳥取市佐治町の熊野神社遺跡(鳥取市指定史跡)です。
大正5年(1916)に口佐治神社に合祀されて廃絶する以前は、多くの参詣者がいたお社でした。


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鳥取市のホームページには、積石塔(古墳)に関して、
 1号塚(直径6m、高さ2m)、2号塚(直径11m、高さ3m)の2基あります。塚は川原石と大石で構築され、1号塚には石室があります。塚の形式は、朝鮮半島の積石塚やインドネシアのボロブドウール仏教遺跡との関係をうかがわせます。
と記されています。


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いかがでしょうか。何とも不思議な遺跡やご神体が、日本にはまだまだ隠れているようです。とても単一文化と呼べるものではなく、日本は昔からグローバルな文化があったと考える方がすっきりするかもですね(^^♪

というわけで、不思議な存在感の遺跡紹介でした。


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コメント

日本は昔からグローバルな文化があった

>とても単一文化と呼べるものではなく、日本は昔からグローバルな文化があったと考える方がすっきりするかもですね(^^♪

○まったく同感です。すばらしい記事でした。
 日本書紀の神時代とは別世界がある。これが日本古代の真実と思われます。

Re: 日本は昔からグローバルな文化があった

レインボー様

テレビの普及以前は、地方地方によってもかなり異質な文化が続いていたと思います。
「単一文化・単一民族」というのは、「鬼畜米英」時代の産物ですよね。単一文化論に近かった柳田国男でも、マレー文化との共通性を感じていたのですから。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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