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内尾神社(丹波市)・源頼朝とウガヤフキアエズと鉱山

兵庫県丹波市氷上町三原の内尾神社です。


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静謐で神さびた、まさにご神域という雰囲気のお社です。


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往古大宝2年(702)三原奥丹治大登峰に建てられた山伏の宿堂に、春日大明神・地蔵権現・八幡宮・天神・弁財天を勧請して法道仙人が千日の行法をつとめられたのが内尾神社の起源とされています。


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文治元年(1185)に源頼朝が神域を献じ祈願所となり 俊乗(しゅんじょう)上人により現在の地にお社が創建されました
主祭神は「咩咩草葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)」ですが、丹治大明神ともされているようです。


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本殿横にある、一本足の不思議な祠です。


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その背後の斜面には、巨大な岩が見えます。


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位置的には、ちょうど本殿の背後ですね。


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おそらくこの磐座が、社殿建立前の、本来のご神体ではないかと思います。

さらに、社殿の右側にも、磐座らしきものがありました。


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 ☆

内尾神社の祭神は、かつて丹治大明神と呼ばれていたようですが、これは和泉国の鉱物師であった丹治氏がこの土地に往来したことによるものとする説があります。祭神がウガヤフキアエズ尊というのは、いかにも唐突に感じますから、本来の祭神は丹治大明神だったと推測します。
ということは、やはり鉱山にも関わるお社だったのでしょうか。

いろいろ調べると、かつてはこの近くで銀を採鉱したという歴史的事実を見つけました。

「丹波市観光協会・かどのの郷ブログ」によれば、この近くの黒見谷で永承年間(1046年)に銀を産出したそうです。その後明治の初期にはたいへんにぎわい、この辺りは「黒見千軒」といわれ、家屋が1,000戸以上あったというのです。
もののけ姫を思い出しますね。

さらに昭和39年に上田工業所が選鉱場として操業を始め、昭和47〜48年ごろまで操業していたものの、現在は閉鉱して近寄れないそうです。

ひょっとすると、文治元年(1185)に源頼朝が神域を献じ祈願所となったという由来は、源氏と鉱山の秘められた関係を暗示しているのかもしれません。多田源氏と多田鉱山のように。


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何度も繰り返しますが、統一教会の問題が明らかにしたのが、宗教活動に潜む財源や金銭の流れを無視していては、その宗教の重要な側面が見抜けないという事実です。

往古大宝2年(702)、背後の丹治大登峰に建てられた山伏の宿堂に、春日大明神・地蔵権現・八幡宮・天神・弁財天を勧請して法道仙人が千日の行法をつとめたという内尾神社の起源には、修験道と鉱山資源の関係が底流にあるのかもしれません。
源氏が平家に勝ったのは、≪交易より鉱山資源の確保の方が財政的に優位だったから≫というような問題が、底流に含まれているような気がしてなりません。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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