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楯築と忌部と廣峯神社

先日、吉備の楯築墳丘墓について書きました。
その頂上部にある奇妙な立石。


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とりわけ、ケルト文化風のご神体が納められていた石の祠が、他に類例のないものと書きました。


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今回は、ひょっとして、これは何か共通性があるのかと思う例を記事にします。

  ☆

ひとつ目は、何度も紹介している徳島県美馬市の磐境神明神社と徳島市の八倉比売神社です。


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忌部の文化なのでしょうか、阿波にはこのような石組みも見られます。


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ただし、あまりに整った薄板状の石材で、同じ系統の文化であるかどうかは疑問です。

  ☆

もう一つは、京都府亀岡市本梅町に鎮座する廣峯(峰)神社です。


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苔の美しい参道を歩くと、舞殿と本殿があります。


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本殿の背後には、小型の磐座があります。本来はこれが、神の降臨する最も神聖な磐座のはず。


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ところが境内の向かって右側、鬱蒼たる森の中に、「元宮の磐座」と呼ばれる不思議な岩組みがありました。


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一見、古墳の開口部に見えますが、背後に玄室はありません。最初から独立した、石の祠と見るべきでしょう。
元宮の磐座と呼ばれる以上、ここが神社発祥の神聖な場所であるわけです。

  ☆

どれも、楯築墳丘墓の岩組みと似てるような似てないような・・・・というわけで、同じ祭祀思想かどうかは微妙なところです。
しかし、石板等を使った構造物であるのは同じです。単なる木の板と違って、石板自体にも岩の霊力が認められていた可能性があります。

なお付け加えるならば、廣峯神社周辺は磐座信仰の色濃い所です。

例えば、お隣の宮川神社には、不思議な石列があります。


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さらに本殿裏には巨大な磐座があります。背後から見ると、まるで楯築のように、小丘の上に乗っているかのようです。


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このような異色の巨石・磐座信仰が累々とするのは、楯築墳丘墓周辺もこの地域も同じです。

はてさて、楯築墳丘墓の石の祠と、阿波や亀岡の石組みは、はたして何か関係があったのでしょうか??
それとも、単なる偶然、他の空似なのでしょうか??


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コメント

No title

こんにちは。
楯築墳丘墓については全く無知ですが、薄い片理を持った片岩を使ったものにかぎると九州の支石墓にも通じるようにも思えます。支石墓は朝鮮半島に源流をもちますが、縄文晩期に始まり、弥生前期にまで続く。北九州と瀬戸内海地方は類似文化圏とも言えます。ただ墓制、特に石材は調達しやすい地方の特性がでますので、単に似ているだけで文化的系統はないのかも知れませんね。

オカマゴ

サザナミ様、毎日楽しい話題を御提供して下さり、ありがとうございます。
御指摘のとおり、阿波忌部は、緑泥片岩いわゆる阿波の青石を使ってオカマゴという祠を作って、中に丸石の御神体を祀ることが多いです。他の地域に、緑泥片岩がないせいかあるいは忌部に特有なモノなのかは判りませんが、地理的に近い吉備や畿内を含めて、他ではあまり見たことがありません。
ネットで検索をかけると、オフナトさんの系譜であるとの学術研究がありますが、人里離れた山奥の獣道やあるいは山の頂上などにも存在するので違うような気もします。
現在は忌部文化研究会の会長になった林博章が、数多い写真入りの著作を何冊も出しておりますけど、その石の遺構に網羅されていないモノも幾らか見つけました。
雨乞いの儀式を行なっていた山里を見下ろす小山の山頂にも、荒れ果てた大きなオカマゴがありますし、崩壊した限界集落の奥の竹藪にも磐座とオカマゴを組み合わせた祠がありました。
ということで、サザナミ様の仰有る日本人の原風景に、磐座とそれに似たオカマゴがあったのではという意見に賛成いたします。

Re: No title

形名 様

なるほど、支石墓ですか。朝鮮半島でも北の方に行けば、座卓ではなく食卓のような石組みパターンが増えますから、それを再利用するか、日本的ドルメンとして作るかすれば、似たようなパターンになりそうですね。

鋭いご指摘ありがとうございました。

Re: オカマゴ

鯨様

いやー、最後まで有意義な情報提供ありがとうございます。
若くて体力のあるころなら、リュックに食料とツェルト入れて、阿波の山中に分け入っていたと思います。
ひょっとすると、藤原氏に弾圧される前は、阿波が天孫降臨地だったかもですね。
まあぼちぼち妄想していきます。

オカマゴ

永遠の小学生なので確認させていただきますが、
オカマゴ=オカマド=お竈=竈状石の祠
ということで良いでしょうか。

すみません

久遠田さま、オカマゴの語源についてはよく判りません。すみません。愚生も気になって調べたことがありますが、はっきりした答を得られませんでした。久遠田さまの説が正しいのかもと思います。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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