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日の本・天照大神の国の太陽信仰とは?

9月25日の「世界ふしぎ発見!」では、平等院鳳凰堂が特集として詳しく出ていました。
十円玉で、日本人だれもが知っている建物ですね。


平等院


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この番組では、平等院鳳凰堂について、
中国から伝わった仏教を歴史上はじめて日本オリジナルの美意識に変えて完成させた
とナレーションが入っています。

そして、それまで南向きだった寺院を東向きにしたとも。
では、それはなぜなのか?

その答えは、
朝日が阿弥陀如来の顔を照らし、夕方はお堂の向こうに日が沈むようにした
というのです。
キラキラと池に反射した光が、下から仏像の顔を照らし出すわけですね。


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仏像


このリアルで微妙に美しい演出が、日本古来の太陽信仰から発しているのでしょう。

  ☆

似たパターンは、大阪の四天王寺などでも見られます。
お彼岸に日想観という行事が行われ、この日は極楽門の彼方に夕日が沈むのです。


四天王寺


また、兵庫県小野市にある極楽山浄土寺では、堂の背後から差し込む午後の直射日光が堂内に反射して、巨大な仏像が赤く照らし出されます。


小野


まさに、「光の芸術」なのです。

さらに、岩手県平泉町にある無量光院は、藤原秀衡が宇治の平等院を模して建立した寺院です。


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しかしこれらが、日本的な太陽信仰を仏教に取り入れた日本オリジナルならば、そもそも太陽信仰を育んだ神道文化には、極めて多様な「光の芸術」「光の演出」があったはずです。

  ☆

これは、マヤのピラミッド。


まや②矢印


ピラミッドの階段は、4面の91段を合計すると364段で、最上段の神殿の1段を足すと、ちょうど365段になります。
そして、北面の階段の最下段にククルカンの頭部の彫刻があり、春分の日・秋分の日に太陽が沈む時、ピラミッドは真西から照らされ階段の西側にククルカンの胴体(蛇が身をくねらせた姿)が現れ、ククルカンの降臨と呼ばれています。


マヤ


国名が「日の本」で皇祖神が「天照大神」という日本の古代においても、さまざまな「光の芸術」「光の演出」があって当然だと思います。
しかし、それらは出土品や文献資料をいくらにらんでも、決して見えません。現場に行かないと見えないのです。
まさに、
事件は現場で起こっているんだ
なのです。(by 織田裕二)

  ☆

冬至や夏至の日に、特別な場所やすき間から朝日が昇る構造は、その一つだと思います。
例えばこれは、姫路の高岳神社の磐座に昇る、冬至の朝日です。


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太郎坊宮では、夏至の朝日が巨大な隙間に昇ります。


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機物神社から見る、神体山の交野山から昇る冬至の朝日。


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しかし、こんなシンブルなパターン以外にも、マヤのピラミッドのような、複雑な光の演出はたくさんあるはずだと私は思っています。

  ☆

かつて「歴史秘話ヒストリア  女王卑弥呼はどこから来た?」
では、こんな具体的な推理映像が出ていました。


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卑弥呼は、鏡を何に使っていたのか。
同盟国や臣下に分け与えるのは、単なる権威・権力の象徴だからではなく、リアルな使い道があったからこそでしょう。


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それぞれ現場で、いったいどんな光の演出・光の信仰が行われていたのか。

その答えは、快適な研究室ではなく、凍えるように寒い冬至の夜明け前などに存在するのだと思います。

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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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