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神体山の知られざる不思議

神体山研究という分野は、景山春樹先生が著書を出されてから、ほとんど研究が進んでいないのではないかと勝手に思っています。

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(初版の表紙です)


また在野の研究者である井上香都羅氏は、
「古代遺跡と神山紀行」~遺跡の本質・祖霊信仰・神山のルーツを訪ねて
のなかで、驚くべき結論を提示されました。

日本全国の縄文・旧石器遺跡500ヶ所と中国・韓国の古代遺跡を実地踏査すると、古代遺跡の正面には必ず三角形の神山、つまり形の良い神体山があることに気が付かれたのです。

これには賛否両論があろうとは思いますが、縄文遺跡の近くに形のよい山が見える事は、多くの研究者が指摘しているところです。

  ☆

しかし私の実感では、神体山には、さらにとんでもない謎が潜んでいます。

「神体山」の本の表紙に載った太郎坊山には、頂上近くに巨大な割れ目があり、ここを通って本殿へと進みます。


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いったいこのすき間は、どうやってできたのでしょう。

  ☆

瀬戸内海の生名島の立石。
背後の立石山は、少し距離を取ると見事な三角形になります。


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この石は、別の場所から運ばれてきたと書かれています。
しかし、現在でも移動が困難な巨石です。いったい、誰が何のために、どんな技術で・・・。

  ☆

これは、香川県三豊市の貴峰山。


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麓には、軽トラよりはるかに大きいこんな巨石が。

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巨石がごろごろしている岩場ならともかく、ここだけに岩がぽつんとあるのです。
不自然としか言いようがありません。

  ☆

これは和歌山県の田殿丹生神社。

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神体山の中に、巨大な磐座が立っていますが、ここには黒い何かが描かれています。
古代の壁画???


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  ☆

滋賀県の飯道山には、頂上付近に異様な巨石が累々。


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  ☆

あるいは、兵庫県丹波市氷上町の権現山。


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これは下界からも目立つ、不思議な巨石なのです。

 ☆

さて、京都府亀岡市本梅町のこの山もまた、典型的な神体山です。

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麓に鎮座する出雲神社の境内には、巨大な磐座。


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少し道なき道を上ると、さらに巨大な岩々。


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この中で私がいちばん注目するのは、まな板のような巨石です。


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なんでもないように思われるかもしれませんが、静かな森の中にこんな巨石がある場所を私は見たことがありません。
もし何か目的があって、形を人為的に整えられたのだとすれば、この上で何が行われていたのでしょう。

巫女やシャーマンが舞い踊ったのか、それともイケニエが捧げられたのか・・・。

それぞれ独自の個性をもち、ひょっとすると縄文時代以来の不思議な伝統信仰である神体山。
もっとも有名な神体山である三輪山の神に、崇神天皇は祟られました。「人民が死に絶えるほど」の疫病と言うのですから、コロナどころではありませんよね。オオタタネコに祭祀をしてもらい、何とか苦境を乗り越えました。

つまり、ヤマト王権の実質的な初代天皇を崇神とすれば、ヤマト王権は三輪山という神体山の祭祀から始まったと言って過言ではありません。

「いや、初代天皇は神武天皇だ」と言われる方もあるでしょうが、それなら畝傍山だし、「天照大神までさかのぼって考えるべきだ」というご意見なら、天の香具山に注目するだけです。
そう、結局は小さな「聖なる山」が重要なわけですね。

おそらく地方のローカル王権においても、それぞれの聖なる山に籠る神霊を祭祀していた可能性が高く、その調査研究は重要ではないかと思っています。


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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