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日本三奇・石宝殿と高御位山と物部氏

日本三奇のひとつとされる石の宝殿は、兵庫県高砂市阿弥陀町生石にあります。


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石の宝殿は生石神社(おうしこじんじゃ)の御神体で、横6.4m、高さ5.7m、奥行7.2mの巨大な石造物です。


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まるで水面に浮かんでいるように見えることから「浮石」とも呼ばれます。


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いったい誰が何の目的で作ったのかは、諸説あるものの、未だにわかっていません。

 
播磨風土記の印南の郡大国の里の条には、以下の話が記載されています。

原の南に、石の造作物がある。その形は家屋の如くで、長さは二丈、幅は一丈五尺で高さも同様である。その名号を大石という。言い伝えによると聖徳大王の御代に弓削の大連が作った石であるという。

弓削の大連とは、物部守屋のことです。
物部氏と言えば、先日の記事に書いたように、巨石磐座信仰が目立ち、未解明の東西線・南北線もあります。

ひょっとするとここにも、物部の特徴があるのでしょうか。
そんな観点で再検討したいと思います。

  ☆

付近の景観を眺めるために、背後の山を登っていきます。


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緩やかな岩場の尾根道が続き、宝殿山山上公園の休憩所と、大正天皇行幸跡が見えました。


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見晴らしの良い、絶景ポイントです。
そしてその背後、ちょうど真北には、こんな山が見えます。


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岩稜がひときわ目立つ山が迫ります。
頂上付近は、迫力ある巨大な露岩のようです。磐座でしょうか?


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そういえば、何やら神社の建物のようなものも。
ここを地図で確認すると、高御位山(たかみくらやま)のようです。

高御位山は、兵庫県加古川市と高砂市の市境に位置する、標高304メートルの山です。播磨平野の加古川下流域では高い山が少ないため、高御位山が加古川市・高砂市の最高峰であり、播磨富士とも呼ばれています。

この高御位山の頂上には、岩場を磐座として高御位神社があり、大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)が国造りのために降臨した所とされていました。
宝殿山は、ひょっとするとこの高御位山の拝殿??


そういえば、この二神は生石神社の祭神と同じです。
生石神社ホームページには、由緒がこう書かれていました。


〇生石神社御祭神について

 神代の昔、大穴牟遅(おおあなむち)と少毘古那(すくなひこな)の二神が、天津神の命を受けて出雲国より播磨国に来られた時に、二神が相談し国土を鎮めるに相応しい石造りの宮殿を建てようとしました。

 一夜のうちに現在の形まで造ったが、工事半ばで阿賀の神(あがのかみ:播磨の土着の神)の反乱が起こり、宮殿造営を止めて現在の神爪地区に多数の神様を集めて反乱を鎮圧している間に夜が明けてしまい、宮殿は横倒しのまま起こすことができませんでした。

 しかし二神は、宮殿が未完成でも二神の霊はこの石に籠り、永劫に国土を鎮めんと言明されました。以来この宮殿は石宝殿(いしのほうでん)、鎮の岩室(しずのいわや)と言われるようになりました。


『峰相記』によると、生石子神は女神で高御位の神は男神であり、「陰陽二神としてあらわれたまう」」という伝承もあるそうです。
オオナムチ・スクナヒコナという祭神と、夫婦神という伝承は矛盾していると思われがちですが、神話学の第一人者である松前健先生は、
フォークロアに出てくる大汝(オオナムチ)という名は、意外なことに女神なのである
とされ、ギリシャの狩りの女神であったアルテミスやクレータの「山の母」と比較されています。
(『こんなに面白かった日本神話』 大和書房)

オオナムチの神はかなり幅広い複合的な存在ですから、夫婦神という側面があって不思議はありません。
いずれにしろ、高御位山と生石神社は、祭祀的な関係が昔からあるようです。

  ☆

さて、先日の記事に地図を載せましたが、石上神宮の真北には、三笠山という神体山と磐座が特徴的な春日大社が位置していました。
さらに石上神宮の真南には、大物主(=オオナムチ)を祀る大神神社と三輪山が位置しています。
大神神社と石上神宮と春日大社という、古代史を彩るそうそうたる古社が南北線上に並ぶだけでも異常ですよね。

そのラインにオオナムチや物部一族が関わっていたとするなら、物部守屋と関係する石宝殿の真北に、磐座の目立つ高御位山がそびえているわけですから、ここにも物部の謎が秘められている可能性は十分あると思います。

さらに石宝殿の真南には、淡路島や沼島(オノコロ島と天の御柱)が位置しますが、それらまで関連があるかは正直わかりません。


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ただ、石宝殿を単体で見るのではなく、高御位山や物部との関係性の中で見直す視点は、おそらく重要だと思います。


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コメント

誤解してました・・・

毎度楽しい記事をありがとうございます。
高御位山は綺麗なお姿の山です。
その頂が大国主命が御降臨されたところとは知りませんでした。というのも、縦走路の東と西は鹿嶋神社があるからで、とくに西の鹿嶋神社はとても立派な境内とお社があって、愚生はこれが高御位山を祭祀する場所だと思っておりました。
鹿嶋といえば、武御雷。御祭神が全く違うということは、後からお社を整備した藤原/中臣一族が高御位山の御神威に肖ろうとしたのかもしれませんね。
それとオオナムチは大国さんと同一だとばかり思っていたのですが、それが女性という考え方もあるのも初めて知りました。ひぇ~です。勉強させていただきました。

Re: 誤解してました・・・

山の東麓には高御位神宮があって、人類が誕生した650万年前、金星から飛来した隕石がおちたという由緒があるようです。主祭神は天之御中主神。
吉備中山と同じで、いくつもの神社の聖地となっているのかもしれません。ミニエルサレムですね(^^♪
ひょっとして物部封じ?・・・なんて考えたくなる鹿嶋神社は気になりますが、なんせ高御位山へはまだ行ってないのです。
コロナが収まったら、うろうろしたいと思っています。
オオナムチは、多分いくつもの神の姿がダブっている、複雑な成り立ちだと思います。

金毘羅、フネフネ・・・

レスをありがとうございます。
いつも戸惑うのですが、大国主命の幸魂が大物主命で同一。八鉾や醜男の別名があり、金毘羅宮の主祭神で、須勢理媛という正妻がありながら、三輪山の神様でもあって蛇の化身で箸墓の由来になったヤマトトヒモモソヒメを孕ませて死に至らしめる。大国主=大物主=大穴牟遅神の何と複雑なことか。
そのオオナムチに更に女性形があるというのは、天照大御神が昔は男性と思われていたという事実と同様に吃驚でした。
勉強になります。
今後とも宜しくお願いいたします。

Re: 金毘羅、フネフネ・・・

オオナムチ・オオクニヌシ・オオクニダマなどは、要するに「偉大な国の王」という意味で、三輪の大物主とは本来別神だろうというのが松前説です。
オオナムチは固有名詞と考えない方がすっきりします。あるいは神武やヤマトタケルの神話のように、いろいろな別系統の説話の寄せ集めと考えるか・・・

いずれにしろ、出雲系のシャーマニズム的・巫女的な集団による各地への布教活動で各地に定着した神なのだそうです。

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sazanamijiro

Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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