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石上神宮と石切さんと春日大社・物部の怨念とは?

物部氏の総氏神たる石上神宮


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このお社には、いくつもの不思議な点があります。そのひとつが、顕著な神体山や磐座が見当たらない事です。
かつて『神宮』と称するのは伊勢と石上の二つでしたが、伊勢内宮の境内や背後にはこんな磐座らしき岩がありました。


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しかし石上神宮はと言えば・・・・最も神聖な禁足地はここです。


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周辺に目立つものはありません。ごくシンプルなのです。
私は違和感を感じます。

では、他にある物部系の主要なお社はどうなのか。
ちょっと振り返ります。

まずは、ニギハヤヒが天の磐船で降臨した、大阪府交野市にある磐船神社(いわふねじんじゃ)。


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御神体は本殿背後にある、ニギハヤヒ神が乗ってきた「天の磐船」です。
これは、高さ12メートル、幅12メートルある船の形をした巨大な磐座です。


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これは天岩戸。


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饒速日命が降臨したと伝えるもうひとつの磐船は、大阪府河南町平石に鎮座する磐船大神社にありました。


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その『天磐船』とされる舟形巨石が、境内に二つありますが、下の方の巨石には穴があり、泉が湧いています。
そしてその前には、鳥居の様な石組みがあり、ここが祭祀上重要な場所であることを示しています。


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この穴には水が溜まっていて、冬至のころには夕日が奥まで差し込みます。
饒速日命の太陽神的性格を示すものとして、大変重要だと私は考えています。


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さらに、石上神宮のご神体である布都斯魂は、まず岡山県赤磐市石上の石上布都魂神社に祭られました。


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この布都斯魂は、須佐之男命が八俣大蛇を退治した霊剣とされています。その後、崇神天皇の代に石上神宮に移されました。

この石上布都魂神社には、背後の神体山に巨大な磐座がありました。


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つまり、物部系の主要な神社には、神体山や磐座など、古い原始神道の要素が強いのです。

えっ、たまたま鎮座地が山や岩場だったのだろうって?

いや、そうでもありません。
下は、ニギハヤヒを祀る、奈良県大和郡山市矢田町にある矢田坐久志玉比古神社(やたにいますくしたまひこじんじゃ)です。
のどかな平野部に鎮座しています。


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実はこのお社、祭神であるニギハヤヒ神が天磐船に乗って空を飛んだという故事により、航空祖神として崇められているのです。
毎年9月20日には航空祭が行われているとか。


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その境内に、大変興味深い磐座がありました。
境内の土から顔を出す磐座に、しめ縄をぐるぐる巻きにしたような「二の矢塚」です。


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結局あちこちの物部系神社には、神体山や磐座がけっこう目立つのに、本家の石上神宮にはほとんど見当たらないのです。

なんで?

 ☆

さて、記紀神話において、どうにもサマにならないストーリーは、この場面だと思います。

日向を出た神武天皇の軍勢は、何年もかかって河内国草香村(日下村)に上陸します。
それを長脛彦(ナガスネヒコ)が迎え撃ち、兄の五瀬命が戦死する激戦の末、熊野に大きく迂回する事となります。
そして再度、神武天皇軍と長脛彦軍が激突するわけですが、最後に長脛彦が神武天皇に手紙を送ります。


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昔、天神の御子が、天磐船に乗って天降られました。櫛玉饒速日命(くしたまにぎはやひのみこと)といいます。・・・手前は、饒速日命を君として仕えています。一体天神の子は二人おられるのですか。どうしてまた天神の子と名乗って、人の土地を奪おうとするのですか。
(講談社学術文庫版・日本書記(上)より)

これはもう、どう考えても長脛彦さんのいう事の方が筋が通っています。

饒速日命は高天原から、まるでUFOのような天磐船に乗って、かっこよく降臨したのです。
これに比べて神武軍は、何年もかかってやっと近畿地方に上陸し、いきなり戦いを仕掛けてくるのです。
歴戦の野戦部隊のイメージですね。

長脛彦さんから手紙をもらった神武天皇は、

「天神の子は多くいる。お前が君とする人が、本当に天神の子なら、必ず表(しるしの物)があるだろう。それを示しなさい」
(同じく講談社学術文庫版)

と言って、たがいに天の羽羽矢と歩靫(かちゆき)を見せあい、同じ天神族であることを確認します。


これって、不謹慎な例えで言うと、こんな感じでしょうか (*_*)

A氏は菅総理の推薦を受け、和歌山県知事選に立候補することになった。
一方、現知事のB氏は、党の選挙対策責任者である二階幹事長から、来期も出馬するようにと激励されている・・・
どうすんねん、ダブっとるやないか!

こんなことがあったとすれば、これはA氏が悪いわけでも、B氏が悪いわけでもありません。党内幹部の調整不足が原因なわけですよね(>_<)

・・・で、神話の世界にもどります。
徹底抗戦派の長脛彦さんはどうなったのか?
なんと、神武天皇への恭順を決めた主君の饒速日命に殺害されたと日本書紀は記します。

ここで私は、
「石切さんには、実はナガスネヒコさんが祀られてるんや」
と固く信じている一部氏子さんたちに代わって、これを言いたいと思います。

こんなアホな話あるかいな! 悪いのは調整不足の高天原首脳部やろ。
いちずなナガスネヒコさんが、あまりにかわいそうやないか。


実は、我が家は石切さんと多少の縁があります。
その立場から言うと、神話は虚飾のフィクションが多いとしても、
「ナガスネヒコさんに対して、丁寧に祭ってあげないかんやろ・・・」

神道の常識からすれば、ここに怨念が発生してもおかしくない状況なのです。

  ☆

日本後紀 巻十二 桓武天皇 延暦二十三年(804年)二月庚戌の条に、次のような記事があるそうです。

代々の天皇が武器を納めてきた石上神宮の兵仗を山城国 葛野郡に移動したとき、人員延べ十五万七千余人を要して移動した。すると、倉がひとりでに倒れ、次に兵庫寮に納めたところ、桓武天皇も病気になって怪異が次々と起こった。
そこで使者を石上神宮に派遣し、女巫に命じて、布留御魂を鎮魂するために呼び出したところ、女巫が一晩中怒り狂った。このため天皇の歳と同じ数の69人の僧侶を集めて読経させ、神宝を元に戻した。


私はこの話に、物部一族の山積した怨念を感じます。


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そもそも日本書紀においては、伊勢神宮と石上神宮のみが「神宮」と称されていました。
ところが平安時代に成立した延喜式では、石上神宮に代わり鹿島神宮と香取神宮が「神宮」と記載されます。
明治まで、「神宮」を社号とする神社はこの3社のみ。
つまり、物部氏の祭祀的地位は、藤原氏にとってかわられたのです。

そのシンボルが、封印されたあの白い磐座ではないか、私はそう思います。
春日大社の神体山と磐座は、一見何もなさそうな石上神宮とセットになる、物部の聖地だった。しかし新興の藤原氏が入り込み、物部の神が発現する磐座を白く封じこめて、物部一族の怨念を断ち切ったのだととしたら・・・

よく見てください。
元あった磐座を粉砕してバラバラにし、その上さらに漆喰で塗り固め、柱で踏んで封印している・・・そんな風には見えませんか?


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大変恐ろしいことを言っているのは分かっています。ゲスのかんぐりもほどほどにしろという声が聞こえてきそうです。
しかし、このような特殊な磐座に対して、何の説明も記録もないという事は、明らかにおかしいと思います。
本当に春日大社において何の由来も伝わってないとしたら、すくなくともこの磐座は、春日以前の、したがって春日信仰や藤原氏とは無関係な、古い起源の磐座だという事になります。
しかしそれはそれで、何とも異常な話です。


そのうちつづく


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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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