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封印された?日本の古代巨石文化

イギリスのストーンヘンジといえば、日本の観光客にも人気のある先史時代の遺跡です。


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ロンドンから西に約200kmのイギリス南部・ソールズベリーから北西に13km程に位置する世界文化遺産で、円陣状に並んだ直立巨石とそれを囲む土塁からなり、紀元前2500年から紀元前2000年の間に立てられたと考えられています。


フランス北西部、ブルターニュ地方のカルナックにある巨石遺構もよく知られています。


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その他、世界には様々な巨石遺構・巨石記念物が存在します。


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(commons.wikimedia.org/w/index.php?curidより)


下は、鳥居龍蔵博士が撮られた写真です。


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(『東京大学総合研究資料館標本資料報告 鳥居龍蔵博士 写真目録』より)


1896年(明治29年)、東京帝国大学は日清戦争によって日本が得た新たな植民地・台湾の調査を依頼されました。その際、人類学調査担当として派遣されたのが鳥居博士なのです。
日本の植民地政策がきっかけとはいえ、アジア大陸を歩いて調査した距離が数万キロに及ぶという鳥居博士は、リアルな現地情報を誰よりも知っておられたわけです。いわば民族学や考古学の鉄人ですね。

ところが日本国内では次第に「外される」ようになり、東京帝国大学との対立も顕著になります。
フランス学士院のバルム賞を得たのに、東京帝大事務局内でそれが「失踪」し、とうとう鳥居博士の手には入らなかったなどという奇妙な事件も起こりました。


それらから長い年月を経た昭和63年、当時考古学会の重鎮であった同志社大学の森浩一教授は、学研の「UTAN」という科学雑誌に「日本に残る謎の巨石遺跡」という文を寄稿されました。
その寄稿文の最後は、
「巨石遺跡は、日本の考古学にとって未知の研究領域といってよいでしょう。」
で締めくくられています。

ところが、それ以後「未知の領域」である巨石遺跡を本格的に研究する学者もなかったようで、実際には一部の磐座研究者やオカルト系マニアが散発的に探査するだけのような状態だったと思います。

  ☆

日本国内には確実に不思議な巨石文化が存在します。
岡山県倉敷市矢部にある墳丘墓、楯築遺跡(たてつきいせき)を見れば、古代日本に石を立てる文化があったことは間違いありません。


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これは愛媛県上島町の離島、生名島に立つメンヒルです。


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この島の岩ではなく、運ばれてきたとされます。


愛媛県大洲市高山の「高山ニシノミヤ巨石遺跡」あるいは「高山のメンヒル」とよばれる巨大な立石も昔から有名です。


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私が勝手に思っているだけかもしれませんが、岡山県高梁市成羽町木ノ村の夫婦岩も、右側の男岩(高さ12m)は倒れないよう人工的な補強がされているようです。


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土台石との不連続面を見れば、単なる風化ではないことがわかります。



岡山県玉野市の「番田の立石」も、人工的なメンヒルである可能性があると勝手に思っています。


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下は、香川県三豊市三野町の日吉神社と貴峰山です。


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神体山である貴峰山には、お約束の辺津磐座と奥津磐座があるのですが、それがあまりにも巨大でした。
しかも不思議なことに周囲は露岩帯ではなく、ぽつんと置かれている状態です。


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頂上奥津磐座は柱状節理の巨岩ですが、ひょっとするとこれは倒れた姿であって、本来は右側先端部を上に向けた壮大な立石であったかもしれません。


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  ☆


これは、吉田 敦彦(学習院大学名誉教授)さんの著書です。


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この方は、フランス国立科学研究センター時代に比較神話学の碩学ジョルジュ・デュメジルの指導を受けた神話学者ですが、下のように、日本神話の神々とインド・イラン神話の神々との比較を詳細に論じられています。


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そしてインド・ヨーロッパ語族の原住地たるスキュタイの神話と日本神話との関係を、大林太良さんとともに論証されました。
皇室の「三種の神器」についても、デュメジルの三機能体系から説明されています。

日本神話やそこに登場する神々も、実は広域ユーラシア文化の系統論が有効であるならば、ヨーロッパの巨石文化と根底を共にする古代文化が日本にあったとしても不思議はありません。

日本には神代の昔から立派な神々がおられる。そして独自の素晴らしい伝統のある国だ・・・こう考えておられる方々の中には、比較神話学的な系統論を無意識のうちに排除される傾向の方もおられます。
森浩一教授が「未知の領域」とされた巨石文化の領域が、いつまでたっても事実上封印されているような現状も、鳥居博士に対する学会の態度のみならず、ユーラシア的な視点で日本文化を見る事に対する無意識の忌避感情、いわば一種の認知バイアスが潜んでいるのかもしれません。

日本の良さは、古代からグローバルな文化であったことだ・・・私にはそう思えるのですが。



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コメント

壮大なお話になってきました

いつも楽しい記事を拝読しております。
ありがとうございます。
愚生がStone Hengeを訪れたのは6月で、地元の
英国人(本当はScotland人)に行くべきでない
と言われたのですが、別に怖い目にも遭いま
せんでした。夏至の前後は、場の持つ力を求めて
世界各国から危ない怪しい人が集まってくると
言われホンマかいなと思いましたが、良い方で
空振りでした。
で、確かにすごいんですが、明日香の石舞台や
忌部の真立岩を初めて見たときの感動の方が
大きかったのはどうして??愚生が行ったときには
遊歩道から中には入れなくって石に触ることができ
ないし、少し遠くから眺めるだけだったからかも
しれません。
サザナミ様が御紹介されてきた本邦の巨石遺構は
けっこう現地で見ると驚くようなモノがあったり
します。COVIT-19による疫禍が終息したら、また
色々出かけたいなあと思いますが、いつになる
やら。

それはともかく、どうぞ暖かくお正月をお迎え
下さい。来年がさざなみ様にとって良い年となり
ますようお祈りします。

Re: 壮大なお話になってきました

家にこもっていると新ネタが乏しく、さりとて旧ネタ再利用ではインパクトがない為、ついつい大風呂敷を広げてしまったという内部事情です(笑)
それにしてもストーンヘンジまで見てこられたとは。阿波忌部から英国まで、鳥居博士並みですね。

今年もいろいろお世話になりました。新年もよろしくお願いいたします。
では、よいお年を(^^)/

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Author:sazanamijiro
古代史マニアですが、特に自然神道期の多様な信仰遺跡に魅せられています。

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